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転校生 12

(夕 side) 賑やかな音声がテレビから溢れる空間の中で、重ねて調理の音を響かせながら簡潔に夕食を作っていく。 ネギを刻み、湯掻いたうどんに卵を落として食欲不振なアキでも食べやすいメニューを完成させていく。 その間に何となく手隙の間にチラリ、と静かに振り返ってアキの様子を確認してみる。 ──あれ。 ⋯⋯もしかして、寝てる⋯? ソファーの上で微動だにしないアキの様子に気付きそっと手を止めて近付いてみれば、その瞳は完全に閉ざされたまま身動きひとつせず静かに寝息を立てている姿がそこにはあった。 今日のアキはよく寝ねてるなぁ。 教室に居る時も、⋯⋯保健室でも寝てたんだろうな。 俺と一緒に居ない間のアキは、だいぶ不規則な生活を送ってたのらしい。俺がその変化に気付いた時には既に体調の変化が目に見える形になってしまっていて、元々肉付きの悪いアキの顔のラインがげっそりし始め、血色の悪い肌に目元には隈がくっきりと浮かんでいた。 それもこれもぜんぶ、俺の責任だよね。 普段から仏頂面で感情の起伏が薄いからこそ、中々表に出てくれないアキの本音に気付いてあげられてなかった。 俺ってほんとに·····、⋯最悪だ。 ため息が止まらない。何度後悔したって、時は戻らないのに。 ゆっくりと腕を伸ばして目元の隈を労わるようにそっと撫でてみれば、ピクリ、と動くアキの体。 そして開いた瞳が俺の視線を捉え、バッチリとお互いの視線が絡み合ってしまった。 「あっ⋯、ごめ⋯起こしちゃった?」 「⋯⋯別に良い」 反射的に謝った俺の言葉は軽く流されてしまった。 ⋯⋯今日は怒らないんだ。 普段なら少しでも俺がアキの睡眠の邪魔をしてしまえばすぐにその表情には怒りの色で埋め尽くされて居たはずなのに、絡み合ってた視線がスッ、と逸らされるだけで会話が終わってしまった。 そして、絶妙な空気感が俺とアキの間に流れていく。 「⋯⋯あっ!!」 その時、俺の背後で不自然な音を立てている鍋の存在に気付き、ハッと我に返れば慌ててコンロまで戻り火の加減を弱める。 沸騰してグツグツと煮えているうどんを手早くかき混ぜていると、背後でのそのそとアキが動き出す気配を感じる。 意識だけはアキが居る背後に向けつつ、視線は鍋から外す事なく何度か火の加減を調整しながら完成に向けてもう少しだけ具材を足していく。 トントン─⋯と軽快な音を鳴らしながら具材を刻んで居れば突然背後からドンッ、と何かがぶつかる衝撃と、やがてそこからじんわりと広がってく人肌の温もり。 ⋯⋯俺の背中に、今、アキがくっ付いてる。 アキの方から甘えられる事なんて滅多に⋯と言うか、ほぼ確で経験した事なんて無かった。 それなのに、今、アキは俺にくっついている。多分、感覚的に互いに背中合わせで。 互いに無言な状態が暫く中ら俺の心臓はドクドクと急激に心拍数を増加させ、行き過ぎた興奮の波がぐるぐると俺の中で大爆発を起こしたかと思えば、やがて、俺の手元にポトリと落ちてきた小さな血の雫。 「⋯⋯っ!⋯、⋯⋯お⋯なか、でも空いた⋯の?」 なるべく平然を装いながら、互いに無言な状況がそもそも今の空気感に水を差して事を危惧してさり気なく平然を装った声掛けで背後にいるアキの様子を伺ってみる。 その間にそっと鼻を拭い、格好のつかない現状を隠しながら一度は止めてしまった手を再び動かす事でこの場を誤魔化してみる。 「⋯⋯アキ?」 「⋯⋯⋯。」 「⋯、んっ??」 ん?⋯、あれ⋯⋯寝てる? ───な訳ないよね。 俺の問い掛けにうんともすんとも反応が無い所か、微動だにしないアキの名前を呼び掛けてみる。 「⋯⋯に、⋯──か。」 「⋯⋯ん??なに⋯?」 不意にポツリ、と背後から聞こえてきた小さな言葉。それはそもそも俺に向けられているのか、それともただの独り言なのか。 うまく聞き取れなかった言葉に耳を傾けて、緩く首を傾げながらアキの言葉を待ってみる。 「どうしたの?」 「⋯⋯俺、を、一人⋯⋯にして⋯ん、じゃねえよ。⋯⋯馬鹿野郎が」 一言一言が歯切れの悪い、そもそも言葉で表現する事自体を躊躇っているかのような、そんな歪な感覚で伝えられた言葉。 ⋯⋯っそっか。⋯⋯寂し、かったんだ。 思えば俺が居ない数日間、アキは何をしてるんだろうってふと考えてみた時だってあった。 俺は、⋯⋯その、AVを見る事に夢中な訳、だったんだけ⋯ど。⋯⋯本当に軽薄な行動だったと思ってる。し、ちゃんと反省だってしてる。 それもこれも全部悪いのは吉村の方だし。 学校で会う時のアキの顔はいつだって仏頂面で、何も無さそうにツンケンしてた。でも、それに反してどんどんやつれてくアキの体。それが俺に隠された本音だったのだろう。⋯⋯きっと毎日自分の気持ちを誤魔化しながら、俺にそれを悟られないように強がってただけ、なんだろうな。 そして俺の後ろで動かなくなってしまったアキの気配を背中越しに感じながら、一言、「ごめんね」とだけ伝える事しか出来なかった。 多分、今振り返ってしまったらアキが離れて行っちゃうような気がして。 「は⋯⋯?また鼻血出てんじゃねえかお前。いい加減にしろよ」 突然俺の顔をグイッ、と覗き込んできたアキから告げられた場に合わない言葉と共に、バコン、と何故か急に叩かれる俺の後頭部。 ⋯⋯っ、あれ?⋯ん?? おっかしいな。⋯この展開で俺が叩かれる未来とか存在するんだ。⋯⋯おかしいな。 どうやら俺の鼻から垂れ落ちてる血を目敏くも見付けてしまったのらしく、その瞬間、げんなりと呆れた表情に変わっていくアキの顔。 普段は表情が無い癖に、こういう時だけ分かりやすく俺に感情を伝えてくる。さっきまでの健気さは何処にいっちゃったんだろうか。 そしてそのまま「退け」と一言告げられると共に俺の体は押し退けられ、包丁を握り締めたアキが手早くうどんを仕上げていく姿を他所に、トボトボと場を離れるしか無かった。 「⋯⋯、⋯⋯何だそりゃあ⋯」 一旦夕飯はアキに任せるとして、テーブルの上のティッシュを取りに向かえば流れ落ちる鼻血を押さえながら⋯⋯えっと、、、後は、⋯⋯何とも複雑な俺のこの心境をどうするべきか、ってとこだよな。 確かに最近は鼻血ばっかの日々だけど、どれもこれもアキが原因じゃんか。俺の顔ばっか狙ってすぐに殴ってくる。そして、その癖鼻血だらけの俺を面倒くさそうに見てくるんだよな。ほんとに酷すぎ。 ⋯⋯まあ、その原因を作ってるのも俺なんだけど。 そもそも完成間近だったうどんは既に仕上げの行程に入っていたのらしく、「おい、皿。」と短く伝えられたアキの言葉に操られるがまま、2人分のお皿を用意して手渡せば装ってもらったそれをテーブルの上に並べていく。 そして全ての支度を終えたアキがドカッ!とソファーの上に座った事を確認して、普段よりも少しだけ遅めの夕飯が始まった。

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