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そよ風に揺られた風鈴が、柔らかい音色を泳がせる。雨が止み、すっかりと日が沈み、気温も少しだけ下がった夜。この時間、工房を好きに使わせてもらえるため、昇は今日も1人で作業をしていた。
ーー昇。
伊月の声が耳に張り付いて離れない。彼の作った器が、未完成の作品たちとともに並んでいた。それを見るたび今日のことが思い出されて自然と笑みが浮かぶ。どうやって絵付けをしていこうか、そんなことばかり考えていた。
「……帰るか」
10時を過ぎた頃、ようやく工房から出て行く。あまり長く使い過ぎると小言を言われるので引き際が肝心だ。実家までを歩いて帰る、それが昇の日課だった。
「ーー……」
広場近くの橋を通りかかると、人の気配を感じた。耳をすますと、会話らしき声が聞こえてくる。
何気なく橋の下を見下ろし、そして息をのむ。浅い川の岸辺に、伊月と貴彦がいたのだ。そしてなにより昇を困惑させたのは、2人がキスをしていたことである。
軽く触れるだけのキスをして、貴彦が伊月を抱き寄せた。暗くて表情はよく見えなかったが、伊月が笑っていないのだけは分かる。
「ごめん、伊月……。でも俺は、本当はお前が……」
消え入りそうな貴彦の声がする。そして。
あ、と、声が出そうだった。
暗がりの中、伊月と目が合ったのだ。いや、そういう気がしただけなのかもしれない。昇は足早に橋から離れ、自宅へ向かって駆け出していた。
心臓が激しく脈打っている。それはおそらく動揺からくるものだろうが、それ以外にも心の奥になにか引っかかるものを感じた。
彼らは男同士で、貴彦は既婚者で、昇にとってそれは何もかも倒錯的である。それでも、驚くべきことに胸が痛い。ただ、それが何に対しての痛みなのか、昇はまだ理解できなかった。
ぼんやりと灯った民家の明かりを横切りながら、早く夜が明けるのを願う。
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