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21.マティアス・フランゲル(3)

 地下牢から出たリョウヤは2日分の穴を埋めるかのように食事をもりもりと平らげ、おかわりも要求した。ちなみにリョウヤがおかわりを所望した使用人は、リョウヤをダイニングルームで犯した際、腕を押さえつけさせていた男の1人だった。顔を忘れたわけではないだろうに、当の本人もかなり狼狽していた。   「えーっと……君は一体何をしてるのかな?」  冷え切った2人ぶんの空気を溶かすために、マティアスがやんわりと間に入ってきた。 「どういう質問?」 「ああ、ごめんね。聞き方がまずかったか……なんの本を読んでるんだい?」 「見たまんま、歴史の本だよ。元の世界に戻るための情報が欲しくて、今読み漁ってるとこ」  リョウヤが抱えていた本を持ち直した。今リョウヤが目を通しているのは、国から認可された、どこの上流家庭でも揃えられている歴史の本だ。家庭教師もこれを使って貴族の子どもたちに歴史を学ばせる。  全部で15巻ほどあり、実際、アレクシスやマティアスも、セントラススクールに入学する前は、これを使って勉学に励んだ。故に、2人揃って内容は知っている。  稀人についての情報が、ほとんど書かれていないことも。 「へえ、元の世界ねぇ」  マティアスの垂れた目の横に人好きのしそうなたゆみができる。  この男は凝り固まった貴族社会の中では、ある意味で稀有な性格をしていた。貴族らしからぬ男で、面白いものに目がなく、いわゆる変人というやつだ。共にセントラススクールで統括生を任されていた時期もあるが、彼はその自由さと型破りさで有名だった。規則が厳しいスクールで、他国の珍妙な踊りや奇怪な歌を広めようとして教師から目を付けられ、校則破りも日常茶飯事だった。バカンスで未開の南米へと向かい動物を狩り、その毛皮でごてごてしたコートを特注し堂々と羽織ってきたり、寮だって気ままに抜け出していた。  そんな男なので、多方面に知り合いがいて友人も多い。また破天荒な男ではあったが、その類まれなる美貌や気さくさで周囲を虜にし、上級生下級生問わず、生徒からは慕われていた。統率力もある。  だからこその統括生だったのだ。  またマティアスは、己の欲求に忠実な男だ。なにしろ興味をそそられたものにはすぐに手を出そうとする。それが物であればまだいいのだが、人間ともなると厄介だ。学生時代は、上級生や教師の恋人に軽々しく手を出し、飽きたらぽいっと捨てるなんてこともざらにあり、一部からは反感を食らっていた。  しかし、マティアスだから……と簡単に許されてしまうところもある。いい意味で人望は厚く、悪い意味で人たらしだ。  皆が皆、アレクシスから見れば胡散臭さ極まりないこの男の微笑みに、騙される。要するに。 「それ、何巻まで読んだの?」 「3巻」 「そっかそっか。実は僕もその本読んだことあるけど、稀人についてはまあまあ書かれてたと思うよ。きっとその本なら、君の望む答えが見つかるさ……頑張ってね」  こいつはとてつもなく性格が悪いのだ。  突然、リョウヤがぴたりと口を閉じた。どうしたんだい? と柔らかく首を傾けたマティアスを、リョウヤはじいっと見上げた。見定めるように、しっかりと。 「マティアスさ、アレクの友達って本当?」 「ああ、もちろんだよ。セントラススクールの同期でね、共に統括生も務めた仲なんだ」 「じゃあこの本はもう読む必要ないね」 「……どうして?」 「だって、あんたすっげー胡散臭えんだもん」  今度はマティアスがぴたりと口を閉じる番だった。

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