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22.密約(2)
「……また悪いクセか?」
本当に、人のものであっても興味があるものは欲しがりたがる。
「イヤだな、ただの提案さ。もちろんあの坊やは君の所有物だからね、許可無く触れたりはしないよ。ただあの坊や、随分察しのいい子だっただろう? 転んでもただでは起きなさそうだし。ああいう子が突然の事態にどんな顔で苦しんでくれるのかちょっと見てみたくない? それに……」
「それに?」
「稀人とヤると肌の艶が良くなるって噂が」
「貴様」
「冗談だって」
そのふざけた物言いはひとまず置き、ふむ。顎に手を当てて数秒思案する。
一泡吹かせてやりたいとは思っていた。それに言うことを聞かない駄犬には、やはり厳しい躾が必要だ。それにマティアスはこう見えて、アレクシスに負けず劣らず残忍な男だ。
物おじしない「面白み」のあるリョウヤなどは、マティアスにとっては恰好の獲物だろう。
これはもしかしなくとも、効くかもしれない。
「確かに、それは妙案だな」
マティアスの両目に逆さまの三日月が出現した。まるで、夜に街燈の下で見る道化師のような笑みだ。見慣れたアレクシスですら薄気味悪いと思うくらいなのだから、他の者が見たのなら卒倒ものだろう。
「いいねぇ。流石私の親友だ、話しのわかる男で助かるよ」
「こちらにもメリットはある。なにしろあれは、びっくりするほどのド下手クソの相手をするのは嫌らしいからな」
「あーらら、めちゃくちゃ根に持ってるねぇ」
「別の人間を宛がえば、悦んで腰を振るかもしれん」
叩けば叩くほど立ち上がるというのならば、両足が粉々に砕けるまで叩き潰せばいいだけのこと。断る理由などどこにもない。それに、マティアスが相手であればリョウヤが妊娠する心配もないだろう。
マティアスは底意地の悪い男だが、そういうところに関してだけは信用できるのだ。
だてに長らく友人関係を続けていない。
「じゃあ、密約成立ってことでいいのかな?」
「ああ。ただし条件がある」
「へえ、どんな?」
「──やるなら徹底的にやれ」
一瞬真顔になったマティアスが、ふふ、と艶やかに笑ってデスクから降りた。
「よかった。中途半端に叩いちゃったら面白くないしね」
「ああ、ただし1つだけ言っておくが中には出すなよ、あれがおまえの子を孕むなんて冗談じゃないからな」
「わかってるって」
「胎も壊すな。孕めなくなれば元も子もない」
「おまえの大事な大事な孕み腹だ、長く遊べるように優しく扱うよ──でも、ここが壊れちゃったらごめんね?」
マティアスがつん、と指したのは、アレクシスの心臓の辺りだ。ここ、というのはつまり、心。
「かまわん、壊したきゃ壊せ。ただし……噛むからな」
「はは、わかったって」
子どもを産む機能さえ残ればそれでいい。
ちらりと、閉め切られた隣の部屋に視線を移す。今頃リョウヤはこちらの残酷な会話にも気付かず、黙々と本でも読んでいるに違いない。全く呑気なものだ。
早速行動に移すべく、アレクシスはベルで執事を呼び寄せ、昼食を取ったあと別室を使用することを端的に伝えた。用意させるのは拘束用の鎖と替えのシーツと酒。
愉快な狂乱には、アルコホルが不可欠だ。
指示した諸々に、一体何が行われるのか察したのだろう。クレマンは一瞬何か言いたそうな顔をしたが、アレクシスにひと睨みされると、結局逆らうことなくすぐに準備に取り掛かり始めた。
リョウヤを地下牢に閉じ込めた夜、クレマンはアレクシスの代わりに中央へと赴いていて、次の日帰宅してから大体のあらましを耳にしたらしい。3日ではなく2日でアレクシスがリョウヤを地下から解放してやったのも、クレマンに、「そろそろお戯れが過ぎるのでは?」とチクリと釘を刺されたからだ。
まあ、クレマンに庇われたリョウヤはというと、全く堪えていない様子だったのだが。
『これ以上の口出しは無用だぞ、クレマン』
二度とあれとの間に入ってくるなと厳しく忠告しておいたので、ここで止めても火に油を注ぐだけだと判断したのだろう。
「で、いつ決行?」
「仕事の目途がついてからだ。あと1時間ほどで終わる」
「じゃあ、それまで客室でひと眠りしてこようかな。連日の晩餐会の疲れがまだ残ってるんだ」
「珍しいな」
「父さんが、さっさといい相手を捕まえてこいってうるさいんだよね、はぁ……」
こいつが夫だなんて、未来の妻は苦労するだろう。
「あ、今失礼なこと思ったな?」
「いや、別に」
「ホントかなぁ……まあいいや、じゃあね穴兄弟。時間になったら起こしてくれよ?」
誰が穴兄弟だ。肩をぽんと叩かれ、まさにルンルンと、足取り軽やかに部屋を出ていったご機嫌な友人を見送る。
アレクシスはこの愚かな選択が、後にどれほどの事態を引きおこすのかに気付かぬまま。
とりあえず目の前の仕事の山にとりかかった。
そして隣の部屋では、何も知らないリョウヤが懸命に本を読み、読めない単語をせっせと古紙に書き写していた。
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