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30.消せない光(2)
「ぐっ……ぅ」
「苦しいか? 素直に首を垂れれば許してやろう」
「……か、な……い」
「──まだ言うか」
動揺した自分が許せなくて、さらに細い首にギリギリと指を食い込ませていく。加減を知らぬ力に、リョウヤの体が悶え始めた。
「震えているな、恐ろしいんだろう、僕が」
「お……そろしい、わけあるか……よ、あんたみたいな、ガキ……」
しかし手首を掴み返してきた力は、強く。
「あんた、の、おままごとに、付き合う気は、ねーよ……」
命の火を繋ぎとめるため、必死に開かれているリョウヤの唇に、目がとまる。
「おかしいと、思ったこと……を、理不尽を、ただ受け入れるなんて……嫌だ……っ、そんな、こと、したら……おれは、俺じゃ、なくなる。だから俺は、これからも反論、する」
苦しみに顔を引きつらせながらも、リョウヤがアレクシスから目を背けることは、やはりなく。リョウヤの命を支配をしているのはアレクシスの方だというのに、逆に支配下におかれているような……命の綱を引っ張り返されているような気さえしてくる。馬鹿な。
「あんたの思い通りには、絶対にならないっ、……折るのも、簡単なんだ、ろ? じゃあこのまま折って、みせろよ……──やれ!」
愕然とした。
吠えたリョウヤに、手のひらから急速に力が抜けていく。突如として肺に入り込んできた新鮮な空気に、リョウヤは体を丸めて激しく咳き込んだ。そんな惨めな姿を嘲笑うことは、もうできなかった。
「なぜおまえは、自分を、曲げない」
声は、自分のものとは思えないほどに掠れていた。
「なぜだ、これだけのことをされても、なぜ……おまえは」
変わらない。それ以上、言葉が続かなかった。首を押さえ、死に物狂いで呼吸を繰り返していたリョウヤは、呆然としているアレクシスに驚いたように目を見張り、やがて静かに細めた。
「あんたは曲げた、の?」
自分の唾を飲み込む音が、やけに響いて聞こえた。
「だから、変わらない俺が、許せねーの……?」
何を、言っている。
「……マティアスには散々、ヤられたよ。あんたの言う通り、浅ましく咥えたし、みじめに腰も……振った。でも、言ったろ? 俺にはなすべきことがある……叶えたい夢がある。だからこんなの、どうってことない」
もう一度、「どうってことないんだ」と、言い聞かせるようにリョウヤは続けた。
「何をされても俺は、変わらない。考え方が違うのは、普通のことだ。だって俺とあんたは別の人間なんだから。どうしたって同じにはなれないよ。なのにあんたはいっつもイライラして、力でねじ伏せようとしてくる。あんたのそれは、道理じゃない。ただのガキの癇癪だ……あんたって本当に、子どもみたい」
手首に触れられたリョウヤの手から、じわじわと熱が伝わってくる。この手のひらに葉巻の火を押し付けたことを、どうしてか今、思い出した。
「あんたは、俺じゃない。俺もあんたじゃない。だから命は1つなんだよ。俺も……アレクも」
リョウヤの目尻が初めて緩んだ。映り込む光がさらに柔らかくなる。夜に凪いだ水面を淡く照らす、月明かりのようにも見えた。
「わかる? 俺は今、あんたと話してんだよ。成り上がりでも、なんでもない……」
リョウヤの震える指先が、頬に伸びてくる。
「人でなし、で、プライドが高くて、すぐに怒って、冷たい……俺の目の前にいる、ただの、あんたと」
零れ落ちた銀の髪をさらりと払われ、形のない空気を包み込むかのように、手のひらを添えられた。振り払うこともできず、そのままの状態でしばらく見つめ合う。長い沈黙は、体中を包み込まれているかのように穏やかだ。そこにはなんの不純物も見当たらない。アレクシスとリョウヤの2人だけが、ここにいた。
「アレクと、話してんだよ? なのにあんたは誰と、話してんだよ……」
もはやアレクシスの手は、リョウヤの首に添えるだけになっていた。
「──おまえはなんだ」
やはり涙は一滴も零れていない。アレクシスは今、初めて、リョウヤが目の前にいることに気付いたのかもしれない。これは、図々しくて生意気な稀人ではない。ましてや、得体の知れない生き物でも。
ならばなんだ、こいつは。
「おまえは、一体……」
なんなんだ。
「──リョウヤ」
何度も何度も耳にした珍妙な名前は、アレクシスの中にすっと落ちてきた。初めからそこにあったことに、気付かなかっただけなのかもしれない。
「サカクルガワ、リョウヤだよ……アレク」
限界が近かったのか、リョウヤの震えるまぶたが徐々に徐々に下がり、ついにその黒が見えなくなってしまった。頬に触れられていた手もずるりと落ち、力を失いシーツに沈む。
アレクシスも、リョウヤの首からゆっくりと手を離した。
アレクシスはクレマンに部屋をノックされるまで、血の気を失った顔を見つめていた。
リョウヤを、ただ、見つめていた。
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半歩進みました。アレクシスは。
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