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31.ひとりぼっち(2)
だって、アレクシスに屈するということは、認めることだ。彼の言う、自分の存在の無価値さを。
確かに今のリョウヤは孤独だ。誰にも望まれておらず、認められてもいない命だ。けれども、そんな嘲笑われるだけの自分を、愛してくれた人がいたのだ。
「ナギサ……」
目を閉じればそこにいる、リョウヤの唯一。初めて触れたアレクシスの頬はひんやりとしていたが、あの人はいつもあたたかかった。
『きっとね、僕たちがいた世界は、あの月の反対側にあるんだよ』
『月の、反対?』
煌々とした月を見上げながら、毎晩隣同士で肩を寄せ合った。
『そうだよ。だってあっちの世界でも、同じ大きさの月が見えてたんだから』
『ああ、そっか。にいちゃん天才だな』
『だろう? でも、ここに来てから結構経っちゃったね。お父さまもお母さまもどうしていらっしゃるだろう。心配、してるかな……』
『大丈夫だよ』
『ん?』
『いつか俺がにいちゃんのこと、元の世界に連れてってやるからさ』
『良夜……』
『カレーも、オハギも、コンペートーも、サイダーも……なんだって、すぐに食べられるようになるよ』
『うーん。小さい頃、僕のオハギをこっそり食べて逃げたのはおまえだよ?』
『え』
『女中さんが教えてくれなかったら、僕はずぅっと、あれ、もしかして寝ながら食べちゃってたのかな~って自分のことを疑って』
『もお! なんでそんな昔のこと蒸し返すんだよ、それでもだよっ』
『ふふ、ごめんごめん。機嫌をお直し?』
『ふんだ。にいちゃんなんか知んねー』
『……ありがとう。おまえは本当に、優しい子だね……』
あの人はリョウヤのことを優しいと言ってくれたけれど、あの人の方がよっぽど優しかった。閉じた世界に2人だけ。あの人にはリョウヤしかいなかったし、リョウヤにもあの人しかいなかった。
些細な日々が幸せだった。幸せすぎる日々は儚いものだ。だから、長くは続かなかったのかもしれない。
『良夜は、僕の宝物だよ』
ずっとずっと、誰かの宝物になりたかった。だって宝物は、何をしていなくとも誰かに好きになってもらえるから。ただそこに存るだけで、キラキラと輝けるから。
薄汚れた自分なんかは、誰の宝物になんかなれないと思っていた。でもそんなリョウヤをあの人は抱きしめてくれた。誰よりも大事だと、心の底から愛してくれた。愛してくれたんだ。だからアレクシスの心無い言葉の数々を認めることは、自分を心から慈しんでくれたあの人までも否定することになってしまう。
それだけは嫌だ。駄目だ。
だから俺は、曲げない。そしていつか、あの人と一緒に元の世界に戻るんだ。月の反対側に向かって、あの人からもらったオマモリを、この胸に抱いて。
俺を優しいと言ってくれたあの人と。俺を宝物だと抱きしめ、微笑んでくれたあの人と──あれ?
あの人って、誰だっけ。
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