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35.和久寺 秋一(5)
「こっちこそありがと。ごめん、天気が悪くて、ちょっとどんよりしちゃってたな」
「いえいえ、気にしないでください──あれ、今日って雨降ってましたっけ? 音は聞こえなかったんですが……この部屋には窓がなくて」
はっとする。何を言っているんだ自分は、今日は朝から快晴だったというのに。
「ごめん間違った、天気悪かったのは昨日だったな、へへ……」
曖昧に濁して誤魔化す。忘れていた痛みがひりひりと痺れてきて、腕を擦る。
そこから暫く、シュウイチとはあらゆる話で盛り上がった。時代は違っても、やっぱり通じ合うものはある。心は同じだ。
リョウヤのいたショーワと同じく、シュウイチのいたへーセーにもエイガというものはあるらしく、こっちは二本立てでシュウイチは一本立てだったり。
お店があったり、リョカンがあったり。
特にシュウイチの時代にあるネットというものは凄いらしい。全てではないが、普通じゃ知り得ないような情報を沢山得ることができるし、それを使って世界中の、それこそ宇宙に探検に出かけた人とも繋がれるらしい。
リョウヤの知らない、あちらの世界の驚くような機械の話も。この世界に生きていたら決して信じられないような、びっくりするような話を聞かせてくれるシュウイチの顔は、明るかった。
本当に、元の世界のことを愛しているのだ。
いいな、と思う。帰れる場所があるというのは。
「……っと、すみません話し込んじゃって。コーヒーでも淹れましょうか。お二人はお飲みになられますか?」
一通り会話を楽しんだところで、シュウイチがやけに静かにしている2人に声をかけた。
そう言えば、鬼畜男と愉快な仲間その2が一言も茶々を入れてこなかったおかげで、ストレスなくシュウイチと話をすることができた。
このまま一生黙っててくれればいいのに。
「飲みたいねぇ。稀人ちゃんが淹れてくれる、あっつーいのを」
「わかりました、少々お待ちください。貴方は?」
シュウイチが、アレクシスに目を向けた。
「……ウィスキー」
「だから、主語述語ちゃんと言えっての。僕はウィスキーが飲みたいですって」
「うるさい」
腕を組んでむっつりしているアレクシスの返答は普段よりも数段低い。機嫌は相当悪そうだ。
ごめんな、こんな奴でと目だけで謝ると、シュウイチは気にしてませんよとばかりに微笑んでくれた。
大人である。
「実は僕、お酒は苦手でして……そういった類のものは一切置いてないんです。コーヒーはお嫌いですか?」
「稀人が淹れたものなんぞ誰が飲むか。泥水を啜った方がまだマシだ」
「なっ……」
「そうですか、失礼いたしました」
あまりにもな言い草に立ち上がりかけたが、シュウイチはやはり慣れているのか、「大丈夫ですよ」と笑ってコーヒーを淹れ始めた。
なのでリョウヤも、アレクシスをひと睨みするだけで堪える。
もしかしたら、マティアスではなくアレクシスが一番危険なのかもしれない。飲みたいものがないからと言って、どうして初対面の相手にこんな横柄な態度がとれるのか……とれるか、アレクシスだもんな。
しゅんしゅんと、落ち着く音を立てながらポットの水が火にかけられる。
キッチンストーブの他に、手洗い場やバスルーム、そしてベッドルームも揃っているらしい。
入った時から思っていたが、ここはまるで小さな家だ。しかもかなり庶民的な。
「君たちの会話って面白いねぇ、聞いてても8割方は意味がわからないよ」
「そうでしょうね、こちらの世界とは文化も何もかもが違いますし」
「馬が引っ張らなくとも勝手に走る車とか、空を飛んで人を運ぶ機械なんてホントにあるの?」
「ええ、いたるところに。ただし民間人を搭乗させる旅客機ができたのは、リョウヤさんがいた時代よりもちょっと後だとは思いますが」
「ふうん……面白いねぇ」
何やらいやらしいマティアスの流し目も、シュウイチは微笑みつつさらりと流している。
やはり、大人だ。
「ねぇ、君って何歳なの? 稀人ちゃん」
「僕ですか? この間33歳になりました」
「へえ、33か、いいね──えっ、さんじゅうさん!?」
予想外の返答に、マティアスだけでなくリョウヤも目をひん剥いて驚いた。
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