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36.激高(1)
「そう、ですか」
「うん。『それにあいつ……めっちゃはえーし。秒で終わるよ?』」
「ふ、ふふ」
ニホンゴでこっそり悪口を言ってやった。
ちょっとドキドキしたが、アレクシスは気付いてなさそうだ。ざまあみろ。
それにシュウイチも肩の強張りを解いて面白そうに笑ってくれた。よかった。
「そんなことより、一番の問題は子どもを産んだ後なんだよ」
まあ、妊娠するまでも大変だが。
あんなにズボズボ突っ込まれて中に出されてもまだ妊娠の兆しはない。リョウヤは今、稀人と人との妊娠確立の低さを痛感しているところだった。
それになにより。
「晴れて自由の身になっても、まだ元の世界に帰る方法が見つかんねーんだ」
「そうですね、僕もずっと調べてるんですがわからなくて。そもそも異世界人に関する資料が少ないですしね」
「そっか……だよなぁ」
はあ、とシュウイチと全く同じタイミングでため息を吐いてしまって、顔を見合わせて含み笑う。
何も解決はしていないが、同じ気持ちを共有できる相手がいるというのは本当に心強い。
落ちていた気分がちょっとだけ浮上する。
「大丈夫だよシュウイチさん。もっともっといろんなこと調べれば、答えだってきっと見つかるって。そもそもさ、ここに来れたってことは帰り道が絶対あるはずだもん」
「なるほど……それもそうですね」
「だろ? それに、ナギサにいちゃんが言ってたんだ。この世界から見あげる月は、あっちの世界にいた時と同じ大きさだって。つまり月の向こう側の……ちょうど反対側に俺たちがいた世界があるんだって。シュウイチさんの時代なら、宇宙にだって行けるんだろ? だから大丈夫だって、な?」
「月の向こう側、ですか」
シュウイチが天井に目を向けた。見えない月を、見ているみたいに。
「……なんだかリョウヤさんとお話していると、元気が出てきます」
「本当?」
「はい、ものすごく」
ふわりと、花がほころぶように笑ってくれた。
こっちまで笑顔になる。
「そっか、よかった」
「ふん。さっきから聞いていればくだらん会話だな。帰る方法などあるわけがないだろう、愚か者どもが」
せっかくほっこりとした雰囲気になっていたというのに、横は相変わらずやかましい。
本当に、しばらく扉の角にでも頭を打ち付けて気を失っててくれないかな。
「そんなの、わかんないだろ」
「考えずともわかることだろう。うまく逃げおおせたとしても、どうせまたどこぞの貴族に捕まって慰み者か孕み腹にされるのがオチだ。この世界に来た稀人は稀人のまま惨めに死ぬ、それが自然の摂理だ。希望を持つだけ無駄だな」
「でも私は、無駄なことをがむしゃらに頑張る子って、見てて面白いから大好きだけどねぇ」
「マティアスはちょっと黙ってて」
「はいはい」
「アレクさ、さっきからなんなの? 俺がシュウイチさんと喋るのがそんなに気に食わねーの?」
「特異な力を持っているからといって、存在の低俗さは変わらんということを教えてやったまでだ」
露骨に煽られて、いい加減カチンときた。
アレクシスはリョウヤを下げる発言をしておきながら、実際のところ無関係なシュウイチを侮辱している。
シュウイチは終始穏やかな態度を崩さないというのに、一体何が気に障るのだろう。
あれか、本当はシュウイチのような淑やかな稀人が欲しかったというのに、買ってしまったのがリョウヤのような生意気な稀人だったからイラついて当たっているのか。
そうだとしたら、随分と自分勝手だ。
「知識が欲しいのなら、セントラススクールにでも入ればいい。おまえは本日付けでチェンバレー夫人となったからな、上流階級の一員として入学も可能だろう……もっとも、そこで人間らしく扱われるかどうかはわからんがな」
「うーん、家畜小屋にでも通されちゃうんじゃない?」
「餌は豚の餌か?」
「馬の餌かもしれないよ?」
「あり得るな。こいつは糞まみれになって馬と戯れるのが好きだからな。放っておけば馬のブツも咥え込んで腰を振り始めるかもしれん」
「うわ、ゆるっ! 毎晩毎晩、みんな馬小屋に集まって乱交パーティー開催しちゃうかも」
マティアスが、にいっと口角を吊り上げた。
「いいねぇ、私たちの時もそういう潤いがほしかったなぁ」
「何を言う。散々こいつを貪っただろうが」
「若い頃に坊やみたいな稀人ちゃんの味を知りたかったなって話だよ。ホント、坊やの体すっごく良かったからさ。一生分出しまくったからお肌もつるつるの艶々になったし、体も随分軽くなったしね。あれ、坊やってもしかして美容目的で使える? それとも健康用品かな?」
「それはいい案だな。商品化すれば売れそうだ」
アレクシスも、軽薄にせせら笑った。
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