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36.激高(2)

「もちろん品質は私が保証するよ、フラフラ家の次男が大絶賛してますってね。可愛らしい御令嬢をデートに誘う前に一発抜いてシャキッと! っていう触れ込みかな」 「オプションはどうする」 「また酒でも塗り付ける? ローションと混ぜたやつを中に入れておけば、#挿入__い__#れる方もキモチイイだろうし」 「そう言えば、少量で飛ぶような薬が港街から流れてきたな」 「あ、それ聞いたことある。結構粗悪品じゃなかったっけ」 「廃人になる者も多いらしいが、股の緩いこいつには丁度いいだろう」 「坊や、すぶすぶっとなーんでも飲みこんじゃうもんねぇ。下からウィスキー飲ませてあげても全然だったし」 「衆人環視の前で手足を縛りつけて実践してやるか……あの日のようにな」 「あは、それ最高~」 「だろう? どうだ稀人、今度の晩餐会場での前座でも担当してみるか。有名になれば、セントラススクールでも人気者になれるかもしれんぞ」  口が、挟めなかった。あまりにもおぞましく、醜悪な会話を繰り広げる2人に色を失っているであろうシュウイチの顔が、見れない。  わざとだ。アレクシスはわざと、シュウイチに低俗な会話を聞かせようとしているのだ。  リョウヤを、貶めるために。 「誰が、入るかよそんなとこ。年齢的にももう遅いだろ。それに、卒業したあんたらがその有様じゃ、セントラススクールってとこもたかが知れてるじゃん」  それほどまでに滑稽か。初めてのニホンジンに会えて浮かれているリョウヤが。  見苦しいのか、気に食わないのか。  どうして、こんな人間が平然と生きてられるのかと、憎悪すら抱いた。  思わず口走ってしまったのは、他でもないシュウイチの前で言いたい放題言われている惨めな自分に、耐えきれなかったからなのかもしれない。 「どっかの成り上がりでも入れるくらいだ。本当は大したことないんじゃない? そんな学校、こっちから願い下げだね」  一瞬にして、場の空気が凍った。  笑みをかき消したアレクシスが、ゆっくりと真正面を向いた。 「貴様は何度、僕を怒らせれば気がすむんだ……?」  ひやりとした問いに引きかけるが、手のひらに爪を立てることで緊張を跳ね返す。 「そっちが突っかかってくるからだろ。あんたって本当に視野が狭いよね。相手の1つの側面だけを見て愚かだなんて吐き捨ててしまえる方がよっぽど愚かにみえるよ、俺は」 「穴は黙っていろ」  穴。ズキンと痛んだ胸は見ないふりをして、アレクシスに倣って冷笑というものを浮かべてやる。 「黙れって言われて黙るやついねーから。俺が穴ならあんたは棒だろ」 「棒って! 言うねぇ坊や」  ぷっと吹き出したマティアスを、アレクシスがリョウヤたちのテーブルの脚を蹴ることで黙らせた。ガァンとテーブルが激しく振動したので、慌てて手を置いて抑える。ここにはシュウイチの本も置いてあるのに危ない。  前言撤回。この男の一番悪い部分は人の話を聞かないところじゃない。 「だから、その足癖なんとかしろよ! すぐものに当たる幼稚な性格もそろそろ直せ、ガキかあんたは!」  蔑みの目で睨みつけてやると、アレクシスがすっと目を細めた。  その色のない表情にごくりと唾がなだれ落ちてくる。アレクシスは、落ち着きすぎるぐらい落ち着いていた。  それはまるで、これまでの鬱憤が一気に爆発しかけている、そんな雰囲気にも見えた。  それでも引く気はない。これまでの経験上、ここで引けばアレクシスの絶対零度の怒りは確実に他者に向く。  優しいシュウイチが、この男の逆鱗に晒されるのだけは絶対に御免だ。   「また、#輪__まわ__#されたいか」 「や、れば? ド下手クソなあんた1人を相手にするぐらいだったら、まだマティアスにやられた方がマシだね」 「おや、御指名だ。どうするアレクシス、このあと安宿にでも3人でしけこもうか?」  張り詰めた空気をどこまでも愉しんでいるマティアスと比べても、アレクシスの顔は氷像のようになっていた。  本物の悪魔ですらも裸足で逃げ出してしまいそうなほど、冷ややかだ。  正直、リョウヤだって逃げ出したい。こうなったアレクシスは、きっと手加減してくれない。  アレクシスが壁から離れ、ゆっくりと近づいてくる。「待ってください」と咄嗟に間に入ろうとしてきたシュウイチにすら、見向きもせずに。  こつんと、アレクシスが目の前に立った。つい、目線が下を向く。椅子の脚に、こん、こん、と綺麗に磨かれた足先をぶつけられた。ごん、と強めに蹴られて思わずびくっと肩が上がりかけて、なんとか堪えた。  ゆっくりと伸びて来た腕に、衿首が伸びるほど引っ張り上げられる。臀部が椅子から浮いて、首の後ろがぎりぎりと痛む。  何回、人の首を絞めれば気が済むのだろう、こいつは。 「前言撤回するなら今のうちだ」 「しないよ」  声が震えるのは、具合が悪いからだ。決してこの男を恐れているわけじゃない。怖くない。怖くなんかない。こんな男怯える価値もない。俺は、誰も恐れない。  強く強く握りしめている拳を、シュウイチが見ていたことには気付かなかった。 「何度も言ってんだろ。あんたの好きなように俺をいたぶって勝手に溜飲でも下げればいいってさ」  リョウヤを見下すアレクシスの赤は、出会った瞬間から変わることなく冷たい。リョウヤのアレクシスに対する感情も何1つとして変わらない。  アレクシスは一生リョウヤを嫌うだろうし、リョウヤだって同じだ。  こんな男。 「俺はただ、あんたのことを死ぬまで嫌うだけだ……!」    しん、と、静寂を越えた静けさが、広がった。  

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