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第4話 女の子だったら…よかったのかな(1)

 梅雨も明け、陽射しが眩しい初夏のある日。 「先輩、見て見てっ! おっきい水槽!」  大小さまざまな魚が泳ぐ大水槽を前に、犬塚はきらきらと瞳を輝かせた。その隣で不破が「おおー」と感嘆の声を上げて、犬塚に微笑みかけてくる。 「俺、水族館なんて久々だから新鮮だわ。犬塚は?」 「俺は家族でたまに来るんですけど――でも、今日は先輩と一緒だから」  言って、はにかむように笑みを浮かべる。それだけで伝わったらしく、不破は気恥ずかしそうに視線を逸らした。  何を隠そう、今日は二人の初デートである。  犬塚と不破は都内の水族館に来ていた。犬塚は普段、仕事の忙しい父親に成り代わって弟妹の面倒を見ているのだが、たまたま父親と休日が重なったため、不破と一緒に出掛けることになったのだ。 (蓮たちも来たがってたけど……たまには兄ちゃんのワガママも許してっ。俺だって、先輩とずっとデートしたかったんだから!)  普段はあまり我を通さないようにしているものの、こればかりは譲れなかった。二人には悪いという気持ちもあるけれど、何よりも今日という日を心の底から楽しみにしていたのだ。 (ああもう、ほんと幸せだなあ)  犬塚はしみじみと噛み締めていた。不破と付き合ってからというもの、毎日が楽しくて仕方がない。恋をすると世界が変わって見えるというが、まさにそれだ。  一緒にいるだけで満たされるし、人目を忍んで肌を触れ合わせればもう堪らない。そして、今日は念願の初デートというのだから――今の自分は間違いなく、いつにも増して浮かれている。 (へへ、先輩にも楽しんでもらえてるといいなっ)  ふと見やると、不破もこちらを見ていて目が合った。その口元が緩んでいるのがわかって、犬塚の胸がきゅんとなる。 「こうして一緒に出掛けんの、楽しいな」 「……はいっ、すっごく楽しいです!」  心の内で思っていたことが、声に出さずとも伝わったかのようだった。  犬塚は返事をしつつも、トクントクンと高鳴っていく鼓動に戸惑う。こんなにも些細なことで舞い上がってしまうなんて恥ずかしいものがある。だが、どうやっても抑えられなくて、決まって赤面してしまうのが常だった。 「と、とりあえず順路どおりに行ってみましょ? 次はクラゲっ、クラゲだって!」  甘酸っぱい気分に浮かされ、さりげなく不破の腕を引いてみる。不破もまんざらでもない様子で応じてくれて、それがまた嬉しくて仕方ない。 「おい、急かすなっての」 「えへへっ」  二人は笑いながら、仲睦まじく水族館デートを楽しむ。  水槽を泳ぐ幻想的な魚たちは勿論のこと、珍しい水棲・陸棲動物にも目を奪われるものがあって何度も足が止まった。屋外展示ではペンギンやアシカといった愛らしい動物たちのパフォーマンスを楽しみ、さらにはバックヤードに入って餌やりをする体験にも参加した。  ここまでくると、もはや何も言うことはない。充実した時間を過ごしたと言っていいだろう。  そして現在、館内を一通り回った二人はショップコーナーにいた。 「うう~ん……」  犬塚は陳列された商品を見渡しつつ唸る。弟妹への土産を選びたいところなのだが、これがなかなかに悩むもので、どうにもこうにも決めかねていた。

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