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touch10

 白い壁にもたれ、脚を曲げる。  煙草の煙もこの白の前だとくすんだ色になる。  日差しが差し込み、風が抜ける。 「なぁ! 缶切りどこにやったん」  勢い良く階段から降りてきた青年。 「どこにも何も、買ってない」 「えぇ~! 嘘やろ。信じられへんありえへん。桃缶……」 「ちょっと貸せ」  十八歳になるのに、まだまだ出会った時と変わらない。  巧は愚痴を言いながら渡してきた。 「開けきれる訳ないわ。缶切り買いにいこ」 「ほら、開いた」 「えっ、うわ。なして?」 「考えろ」  俺は爪きりとナイフを渡した。  しかし、それを三秒眺めるやすぐに皿を用意する。  トプトプと中身を注ぎ、フォークで突き刺す。 「白くないで?」 「黄桃って書いてあるだろ」 「オレ、白いのがええ」 「今度な」  黄色い桃を頬張り、顔が緩む。  こんなに普通に笑えるようになったのはいつだろう。  米噛みに残る傷痕。  耳も少し削れている。  隠しもしない茶髪が風に揺れる。  犬みたいだ。 「なにニヤニヤしてん」 「してない」 「いや、してたで」  迫るように近づく。  大きくなったな。  俺を抜かさんばかりに伸びる身長。  もうすぐ百八十だ。  ボタンの開いたシャツから見える体も逞しくなってきた。  鵜亥の元にいたときの痛々しい痕は薄く残っているが、大分目立たなくなった。 「あんな、感謝しててん」  甘い液が付いた指を舐める。 「オレ、あそこにおったら今頃こうしておられんかったから」 「どうした、急に」 「あれから二年やろ」  少し焦らすように俯く。  長い睫毛に目がいってしまう。 「なんもしてあげられてないやんか、オレ」 「別に求めてない」 「フラン」  語気が強まる。 「いい加減本名くらい教えてや」 「忘れた」 「嘘や」  感謝の話題から一気に攻め立てる。 「まだオレを信用してへんねやろ。せやから触りもしないし、寝室も別だし、いつも夜になったらどっか行くんやろ!」 「何の話をしているんだ」 「名前や!」 「聞いてどうする」  一瞬ぐっと引き下がる。 「……いんや」 「なんて?」 「呼びたいんやっ」  部屋に響く声。 「命の恩人やぞっ。呼びたいに決まってんねやろ」 「なんで怒ってるんだよ」  笑ってしまう。 「誤魔化すんやね」

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