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4.天上の雨(4)
またキスを繰り返す。
そうしながら彼の腰を抱いて、少し持ち上げて。
俺は自分のものを彼の中に少し埋めた。
「あぁ……‼ ん、んん……っ‼」
ドクン、という音が聞こえた気がした。
彼の背が撓り、秘所にぐっと力がこもる。
――!
結構、キツい。
「もうちょっと、力、抜いて……」
「あ、ああ……っ、ん、……」
挿入感でいっぱいになっているのか、俺の声が届いていない。
不規則な呼吸を吐いて、俺の腕を必死で掴んで爪を立てる。
少しだけ動かしてみた。
また彼の口から淫靡な声が漏れる。
またローションで濡らしながら、ゆっくり埋め込む。
「っあ、ああ……あ……ハァ……」
人を完全なる快楽へと誘う甘い声。
その声に引き摺られて、少しずつ奥に埋めていって。
彼が完全に俺を受け入れた。
ぼんやりとした瞳が俺を映す。
その両手を俺の顔に伸ばして。
彼の指が俺の唇をなぞる。
キスをねだる仕草。
頭を下げると、彼の腕が俺の首に絡み付いてくる。
餌をもらおうとする雛鳥の様に、必死に求めてくるので。
俺は彼の望むままに与えた。
「動いても、平気?」
「ん……。動いて……」
彼が微笑んだ。
新しい玩具を見つけた子供の様な顔。
夢の中でも見た表情。
少しだけ引き抜いて、また奥へ進む。
彼の顔が苦痛に歪む。
彼の様子を覗いながら、また繰り返す。
彼は淡い空気を吐き出して、俺に身を委ねる。
その呼吸に合わせて、俺は動く。
さっき指で刺激した場所を見つけた。
そこを意識して動いてみる。
「ああっ! ……んんんっ」
彼の熱が一瞬にして高まった気がした。
「好い?」
「う…ん……っ。……いい……。すごく、……いいっ……」
一度彼の髪を掬って、額にキスする。
そして、その箇所を中心にしつこく攻め立てた。
「ひァ……っ ‼ あ……んん……っ!」
彼の口から、ひときわ鋭い声が漏れる。
上手くできなくなった呼吸に、戸惑っている。
「ちゃんと、息、吸って……。ゆっくり……」
そう声をかけながらも、ずっと揺り動かしてやると。
彼の背が何度も浮き、腰が揺れた。
ベッドが激しく軋む。
「ん……っ! ああ……――! ん……っ‼」
きっと、隣の部屋にも聞こえてる。
でもそんなこと構わない。
彼を欲望のままに叫ばせたい。
そんな気分でいっぱいだから。
また熱を持ちはじめる彼のものを手で包む。
そしてゆっくり上下させる。
「あ、あああっ! ……っ、……もう……っ」
彼の意識がどんどん余裕を失くす。
いっそのこと、彼の意識をパンクさせてしまおうと。
俺はまたキスをした。
彼の手が俺の背に爪を立てる。
必死な呼吸を繰り返し、藻掻く。
そんな時。
ふと、彼の瞳が天井を仰いだ。
俺はそれを見逃さなかった。
その瞳が一瞬だけ、畏怖と空虚の色を映して。
俺の胸がさっと蒼色に染まった。
確かに快楽に溺れてはいるけど。
そんな中でもやはり拭いきれない恐怖はあって。
快楽と恐怖の狭間で、彼の精神が吊るされているような。
そんな恐怖と悲痛を感じた。
「……どう、したの……?」
気がつけば、彼の瞳に俺が映っていた。
俺が別のことに気を取られていたのに気づいたらしい。
瞳が不安げな色で揺れている。
俺は誤魔化すようにキスをして、また動きはじめた。
彼もその波に身を任せ、快楽を貪った。
彼の身体を揺らしながら、沈痛に耐える。
こんなに傍にいるのに。
今ほど彼と繋がれたことはないのに。
どこまでも恐怖は追いかけてきて。
彼の精神を蝕む。
俺は必死に彼を救おうと足掻くけど。
真っ白になるほどには助けられもせず。
一つになりながらも。
何もかもがバラバラになって。
拾い集めようとすればするほどバラバラになる。
そんなセックスに。
暗い空虚しか感じられなくなっていた。
それでも俺は男で、躰ばかりは反応して。
心が冷たくなっていく中でも、彼を抱く熱は変わらなくて。
困惑した頭で、ただただ必死で。
「あ、ああ……。はぁ……っ! ん……!」
彼の甘い声が脳に響く。
その声だけが俺の躰に熱を与えてくれる。
でも、心までには与えてくれない。
むしろ、悲痛を招く。
啼いて。
何も分からなくなるほど、啼いて。
全てを忘れて、啼いて。
啼いて、全てを忘れて。
その綺麗な声を響かせて。
そして何もかもを忘れて。
何もかもを忘れさせて。
そのためなら、何でもするから。
躰と精神が別の方向へ走り出す。
走って、走って、走って、走って。
どんどんバランスを失う中。
俺は彼の中で果てた。
終わった後は何も言わずに抱き合っていた。
彼の呼吸が少しずつ平素の調子を取り戻しはじめる。
彼の湿った体温を必死に掻き集めているような気分だった。
少しして、彼が呟いた。
「シャワー……、してきてもいい?」
「ん」
そう返事をすると、
「ありがと……」
そう言って彼が俺の腕から抜け出した。
ふらっと立ち上がり、傍にあったTシャツを掴んで、彼はバスルームへ消えた。
彼がいなくなって急激に冷めていくシーツ。
酷い喪失感に襲われ、胸がギシギシと音を立てた。
ふとまた感情に取り憑かれる。
本当に、これで良かったのだろうか?
本当に、俺に彼が救えるのだろうか?
俺たちはどんどん間違った未来へ進んでいるのではないだろうか?
正しい結果なんてあるのだろうか?
一体何が正しいのか?
『正解』とは何なのか?
俺たちに『救い』という未来は来るのか?
彼が戻ってくるまでの間、押し寄せる恐怖にも似た疑問に耐えた。
十数分後、彼が戻ってきたので、入れ替わりでシャワーを使った。
手早く済ませ出ると、また彼は体を丸めて横になっていた。
でもその姿が先ほどに比べ、随分優しいものになっていて。
安心して眠る雛を見守るような、そんな気分になった。
彼の横に横たわる。
すると彼の目がゆっくりと開いた。
彼が足を伸ばしたので、俺は彼を引き寄せた。
横になって、向き合う姿勢となる。
彼の表情がかなり和らいでいた。
うとうとしている。
『眠る』ということを意識させないため、敢えて声はかけない。
彼の頭を撫でてやる。
彼の瞼がゆっくり上下する。
彼が少し掠れた声で呟いた。
「ありがとう……」
「ん?」
「すごく、楽になった……」
「そっか。……良かった」
うっとりと淡く微笑んで、彼は言った。
「俺、……貴方で良かったって……、思ってるんだ……」
果てしなく続くどす黒い、救いのない夢に、突然現れた人。
夢の中で俺を救ってくれて。
その後もずっと俺を助けようとしてくれて。
現実でも、こうやって救ってくれた……。
「本当に、夢に、現れてくれた人が、……貴方で、良かった……」
彼の目から一筋の涙が零れた。
そのまま彼は眠りへと落ちていく。
俺の胸はまだ酷く軋んでいた。
あんたは俺に謝るなって言ったけど。
あんたこそ、礼なんて言うなよ。
そして、泣くなよ。
俺は、本当に、何もできないんだよ。
息苦しさに胸が詰まって、俺はただ彼の頭を抱きしめることしかできなかった。
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