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5.天上の虹(3)

 寝転がる彼の横に、同じように寝転がってみた。  すると彼は何気ない素振りで、向こうに顔を向けて。  側頭部を枕に預けてしまう。  俺にはまた、黒い後頭部しか見えない。 「怒ってるの?」 「怒ってないよ。何で?」 「起きてから一回も顔合わさないじゃん」 「っそうだった?」  語頭が上擦った。  自分でも分かってるんじゃん……。  やっぱり、嘘が下手。  そして誤魔化しも下手。  なんて素直な人。 「『そうだった』よ」  強引に体を引き寄せる。  そして、無理やりこちらを向かせた。 「ぅえ!」  彼から妙な声が漏れる。  今日、初めて目が合った。  それはほんの一瞬だったのに。  たちまち火山が噴火したかのような表情。  耳まで真っ赤になって。 「わー! わー! わあーー‼」  彼は子供の様にわめいて、俺から離れ。  枕に突っ伏してしまった。  そしてまたバタ足を始める。 「……恥ずかしいんだ?」  また意地悪をしてしまう。  でも彼は何も答えず。  枕に突っ伏したまま、唸り続けた。  好きなだけ唸った後、言葉を放つ。 「だって……、俺、男なのに、さぁ。男と、……しちゃって」  パタパタっとまた足を動かす。 「それだけでもなんていうか、恥っずいなって思ってるのに、さぁ」  ……初めてだった女の子じゃあるまいし。  恥ずかしくて顔も合わせられないなんて。  時間が経てば経つほど、合わせづらくなってくるし。  彼の足がまたバタ足を始める。  どうしよう。  すっごく可愛い。  思わず頬が緩み、くすっと声を立てて笑ってしまった。 「笑『ふ』なよっ!」  枕に突っ伏したまま怒られた。 「ごめん」  俺はどさくさに紛れ、また彼を引き寄せる。  彼はそれを嫌がる。  でも、俺はまた強引に引き寄せて。  胸の中に埋めた。  背を抱く形にすれば、彼も嫌がらなかった。 『この感情は恋愛感情なのか?』  今なら自信を持って答えられそうだ。  『そうだ』と。  今までは、『そうだ』と完全に認められるほどの余裕がなかった。  彼の苦痛を知り、それから救うのに必死で。  『恋愛感情』なんてものを認識することがどこか不謹慎な気もして。  その感情を認められなかったんだ。  でも彼の体温を胸に抱き。  俺はやっと自分の感情を認めることができた。 「ねぇ」  彼の声がする。 「何?」 「今回は、いつまでいるの?」 「とりあえず、明後日まで」 「そか……」 「ん……」  寂しい?  そんな言葉を噛み殺して。 「明日どうする?」  と、尋ねる。  すると。 「そうだなぁ。何かしたいことある? 貴方が行きたいとこあるなら、どこでも付き合うよ」  と、彼は言ってくれた。  それなら。  街中で、デートみたいなことがしたい。  誰もいない所で二人だけで過ごしたい。  欲は複雑だ。  彼を抱く手に力が入る。 「あのさ」 「ん?」 「……どっか、歌が歌えるところがいい。そんな所ない?」 「え?」  彼の体が一瞬強張ったのが分かった。  まだ不安で怖いんだろうか。  返事がない。  悩んでいる。  暫くして。 「いいよ」  と、声が返ってきた。 「少し遠くなるけど、スタジオ代わりに使ってるプレハブがあるんだ。そこへ行こう」 「ん……」  嬉しい、と純粋に思う。  目を閉じるとふと香りがした。  昨夜も少しだけしていた香り。  花の香りであることは間違いないのだが。  多分、鈴蘭ではない。 「香水とかつけてる?」  夢と同じ質問をする。 「あ、うん」  そして彼がもぞっと動いた。 「……女物だし、男がつけてたらおかしいのは分かってるんだけど」  この匂い、落ち着くから。 「何の香り?」 「桜」 「へぇ。桜の香りってあんま意識したことなかった」 「高くに咲く花だし、花の香り自体は弱いしね」 「そうなんだ」 「うん」 「いい感じ」 「……ぅん」  白く可憐な香りも良く似合っていたけど。  淡く咲き誇る香りも悪くないな。  そんなことを思って目を閉じた。

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