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8.天上の月(4)
細い光の川を流された。
青い砂嵐の空を見上げ。
ただ上を眺めることしかできない状態で。
俺はある光景を見た。
長い髪をなびかせた女の子や、コミカルなウサギ。
角の生えた少女に、CGでできた抽象画。
スライドショーの様に、現れては消えて。
消えては現れてを繰り返す。
それらの静止画には見覚えがあった。
全て、彼が上げていた動画に使用されていたイラストだ。
今のHNになってからも、それ以前のものも。
静止画の数々が、流れる俺の目に飛び込んでくる。
そっと目を閉じた。
ただ、光の中を流されている感覚だけが残る。
癒されているようで。
慰められているようで。
とても心地が良い。
この感覚は知っている。
それを悟った瞬間、俺は分かってしまった。
そうか。そうだったんだ……。
その感覚を静かに受け入れ、俺は「彼」の正体を突き止めることができた。
目が覚めた。
起き上がると、一瞬じわっと胸に明るい光が広がった。
だがそれと同時に。
不思議な喪失感も覚えた。
その喪失感を受け入れると、次は胸が締め付けられるような感覚に苛まれた。
不安に煽られ、頭の中で心音が響く。
俺は、また彼を傷つけた……。
……んだろうと思う。
多分だけど。
俺はまた彼を傷つけた。
ただ、その理由が何なのかは分からない。
実際彼が何に傷ついたのか分からないのだから。
俺は彼を傷つけることは何一つしていないつもりだ。
彼も恨み言一つ言わなかった。
でもあんな顔で俺を見つめた彼を思い出して。
『何もしなかった』と主張するのは難しい。
……いや。
『何もしなかった』から彼を傷つけたのかもしれない。
とにかく、俺は彼を傷つけたんだと思った。
夜になり。
俺はまた彼がインしてくるのを待った。
彼はいつもより少し遅い時間にインしてきた。
「―もしもし?」
『―あ、もしもし』
繋がったことを確認する。
彼の声はいつもと変わらない感じがした。
それに違和感を覚えた。
昨夜の夢を覚えていないのだろうか?
あれほどまでに強烈な夢を覚えていないのだろうか?
もしかして。
またあれは彼じゃなかったのだろうか?
「―昨日、夢見てないの?」
単刀直入に尋ねると。
彼は落ち着いた声で答えた。
『―見たよ』
返事はそう遅くもなかった。
そして、彼の声は妙なほどに落ち着いていた。
俺は何を言ったらいいのか分からなくなった。
俺が無言でまごついていたからだろう。
彼が言葉を放った。
『―ごめん』
また謝罪の言葉だった。
でも、以前のような悲痛な音ではなく。
やっぱり彼の声は落ち着いていた。
「―えっと、何が?」
夢の中で荒れたことに対する謝罪だろうか?
困惑する俺の耳に、また彼の声が届いた。
『―俺、嘘ついたんだ……』
彼の声は、ただただ落ち着いていた。
え?
何を? どんな?
ますます困惑する。
『―以前さ、友達と会ってて徹夜だったって言ったことあったでしょ?』
つい数日前のことですね?
『―……あれ、嘘だったんだ』
え? え、え?
なんで? 何で嘘ついたわけ?
訳が分からなかったが。
彼の声はあまりにも落ち着き払っていて。
正直、開き直っているのだろうか、と。
それだけが鮮明に引っかかった。
彼が続ける。
『―友達と会ってたのは本当』
それで呑んでたのも本当。
『―でも、夜明け前に別れて、俺その後寝たんだ』
それで、夢を見た。
目の前には白い光の穴があって。
俺はその穴を覗いた。
するとその先には貴方がいた。
貴方は俺そっくりの人の肩を掴んで。
声を荒げているみたいだった。
ただ、声は聞こえなかったから。
何を言っているのかまでは分からなかったけど。
『―それでね』
彼の告白は続く。
『―その光の先を覗いたのは、その日が初めてじゃなかったんだ……』
俺は貴方に白い光の話をする前に、その光の先を見ていた。
闇の中に現れた白い光の穴に辿り着き。
俺はその向こうを覗いた。
そしたら、貴方がいて。
貴方はやっぱり俺そっくりの人といて。
あ、この人が貴方の言う「俺」だ、と思ったんだ。
そして貴方は。
その人に何かを話していた。
歌を教えてるんだってすぐに分かったんだけど。
貴方はその人と抱き合ってて……。
『―俺、凄く複雑な気分になった』
俺はここにいるのに。
貴方は俺そっくりの人間に笑いかけて。
すごく大事そうにしていて。
『―俺ってなんなのかなって思ったんだ』
彼が小さな声で笑った。
自嘲するような音だった。
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