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第3話
大きな影を目指して駆け下り、見慣れたうちの高校のジャージを見て、ぐいとその左肩を掴んだ。つい利き肩を避けるのは癖のようだ。
「朔矢、おい勝手にどこいくんだ」
立ち止まり振り返った頬には、涙の乾いた筋があり目は真っ赤になっている。
矢倉は普段は何事にも動じない性格で、さっきまで泣いてもいなかったのに、だ。
俺は一瞬怯んで掴んだ手の力を抜く。
「リツ.......だって.....オレみんなにあわす、顔がねえ、から」
「あ?何言ってんだよ。オマエがいなきゃ、決勝戦までもこれなかった」
とりあえず戻ろうと腕を握り直して軽く引くが、首を横にふられる。
「だって、オレはリツのサインに首を振った.....怒ってるんだろ」
矢倉はあのストレートは独断で、やりたいことを優先した結果で負けたのだといいたいらしい。
「怒ってないよ」
「だって、何も話かけてくれねえから.....」
細い目が泣き過ぎて腫れたのか、さらに小さくなっている。
投手なんて大体メンタルが弱いもんだ。
だから、サインを出すキャッチャーがいる。
すべてを任せて信じて投げろと受け止めるのがキャッチャーの仕事である。
最後の最後で、俺はそれを矢倉に委ねてしまった。
責任を負いたくなかったからか。
いや、ちがう。
俺は、矢倉を信じたからだ。
あのバッターは、確かに矢倉のストレートを苦手としていたのは、前の打席で明らかだった。
カーブのインコースなら打ち取れる自信はあったが、ストレートで三振をとれる方に掛けたのだ。
「何を言っていいか、分からなかっただけだ」
「オマエの言う通りにしとけばよかったのに」
グダグダと呟くのは、いつもの矢倉らしくなかった。
それだけショックが大きかったのだろう。
「朔矢。ストレートはオマエの独断じゃない。俺が最後に選んだ」
矢倉の肩をぽんと叩いて、だから戻ろうと伝えたが頑なに首を横に振る。
「こんな顔じゃ、帰れない」
「何、カッコつけてんだよ」
俺は息をついて携帯を取り出しキャプテンに矢倉を見つけたことと、2人で一緒に帰るからバスで出発して欲しいと伝えた。
「わかった、ふたりで帰ろう」
「.....リツだって、疲れてんじゃないか」
「仕方ないだろ。オマエひとりじゃ迷子になるのがオチだからさ」
どうせ道順とか考えないで、衝動的に歩いてきたのだろう。
鼻を啜る矢倉が珍しくてなんだかこっちも目頭が熱くなりながら、俺はその腕を引いてゆっくり歩き出した。
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