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第7話 修正のない疑問点
七月はじめの定期試験まで一週間を切り、部活は活動休止中だ。学校のプールは使えない。
試験勉強ばっかりやっててもストレスが溜まる。というわけで、先輩と申し合わせた僕は、土曜日の午後の市営プールに出かけた。
ただ、いつもと違って、今夜はこのまま先輩の家に泊まることになっていた。先輩に英語を教えてもらうという名目で、親の許可をとったのだ。先輩のご両親は、今朝から法事で大阪に行って、帰ってくるのは明日の夕方だそうだ。そのことは当然親には伏せてある。
テスト前だからもちろん勉強もするつもりだが、今夜は普通とは違う勉強が僕らを待っている。
クラスで回っている海外版お宝DVD。
金髪のかわいこちゃんなのだそうだ。しかも無修正。
無修正という言葉は非常に魅力的だ。今どきはネットで無料で見れるというけど、パソコンも携帯もがっちりガードがかかっているので見れない。
どこからか回ってきたり、兄がときどきそっと差し入れてくれる女子校生もの(あの業界では、女子高生という言葉を使ってはいけないらしい)は、当然のようにぼかしやモザイクが入っている。
でも、今日のは海外もので、海外ものはもともと無修正なのだ。しかも金髪のかわいこちゃんらしい。
僕の期待は高まっていた。
「純生さ……なんで、こういうの俺と一緒に見ようと思ったの?」
プラスチックケースじゃなくて、紙のファイルに入ってるDVDを、先輩が微妙な表情でつまみ上げる。
一緒に作ったカレー(潜水艦「まきしお」のレシピ、にんにくポークカレーだ)を食べ、後かたづけも終わらせ、先輩の家のテレビの前のソファに並んで落ち着いた。ガラスのテーブルの上には、先輩のホットコーヒーと僕のコーラ、そしてポテトチップスが準備されている。窓の外の梅雨曇りの空も、やっと暗くなってきたところだ。
「え、だって先輩、金髪見てみたいんでしょ?」
と言うと、ますます微妙な顔になった先輩が「いや、別に」とそっぽを向いた。
先週、職員室前でよく知らない三年の先生に「お前、髪の毛染めてるだろう」と絡まれて困っていたとき、「こいつは校則違反するようなやつじゃありません」と声をかけてくれたのが先輩だった。その先生も「中村が言うなら、そうなんだろうな」とあっさり解放してくれ、さすがトップクラス在籍者の発言力は違う、と僕は感心した。
お礼と一緒に「プールで髪の色抜けすぎて、染めてると疑われて困る」と愚痴っていたら、「下のほうも金髪になる? なったら見せてよ。俺、金髪のって見たことないんだ」と先輩はにこにこして言った。確かに言った。
だから僕は、クラスの中を巡回していたこのDVDをわざわざ借りてきたのに、先輩のこのクールな反応はなんだろう。もっと喜んでくれると思ったのに。
しらけたような雰囲気の中、先輩は黙ってDVDをセットし、再生ボタンを押した。
もうすぐ夏を迎え、少し暑いくらいだったはずの部屋の温度は、映像が映し出されて五分後、急降下した。
「先輩……僕の目、おかしくなっちゃったんでしょうか。あの金髪の人、胸ないですよね?」
「……そうだね」
きれいな顔のセミロングの金髪の人が、ちょっと男顔だから男装してみたコスプレ好きの女性である展開を僕は願ったのだが、すぐにそれは否定された。
「ていうか……あるはずのないものが見える気がしませんか?」
「……そうだね」
「実はあのヒゲの男の人が実は着ぐるみで、脱いだら実は女の人とかってないですかね?」
「……そうだね」
「止めます?」
「いや、せっかくだからもうちょっと見てみようか」
どうして今度は「そうだね」って言わないんですか先輩!
ものすごく気まずい感じがして、冷や汗混じりに隣をちら見すると、先輩もこちらを横目で見ていた。探るように。
その瞬間、野太い嬌声がリビングに響く。
一斉に僕たちは笑い出した。
笑い声とあえぎ声が混じり合う。
人種が違うせいか、それともあからさますぎてか、想定外の異次元だったからか、エロくもなんともない。
いや、きっとセックスというものはどこか滑稽なのだ。それが、男と女だろうと、男同士だろうと、女同士だろうと、変わりはないのだろう。
だったら笑ってもいいじゃないか。いつか僕たちも、笑われる側に回るんだから。
「ねえ純生、あの人たち、ちょっと変じゃない?」
急に静かになった先輩が、真剣に画面を見つめて言った。
「……どこがですか?」
「……ナニが」
「そうですか? どんなふうに?」
「つるんとしてない?」」
あまり積極的に見たいものでもないのだが、僕も目を凝らしてみた。体毛の色が薄いせいで目立たないだけかと思っていたら、なんだか違うようだ。先輩の言うように、全体的につるんとしている印象がある。
延々と単純運動を繰り返す画面を見ていて気づいた。同時に先輩も気づいたらしい。
「二人とも」
「毛刈りしてる……?」
単に毛刈りだけなら、日本のものを見ていても、それらしき男優さんがいることに僕は気づいていた。でも絶対数は多くはないと思う。
「脱毛もしてないか?」
「その可能性はありますよね。外国の人って毛深そうなイメージあるのに、あんなにつるつるっておかしいですよ。ほら、脇毛もないし」
僕が指さすのに、先輩が眉間にしわ寄せながらこたえる。
「なんなんだろな。風習? エチケット的な何かなんだろうか?」
その後の僕たちの会話は、異文化研究的な意義深いものになった。
翌日の午後になって家に帰ると、母が茶の間でテレビを見ながらせんべいをかじっていた。
「純生、お帰り。ちゃんと勉強してきた?」
「うん。先輩、英語得意だから、教え方も上手かったよ」
洗濯物を洗濯機に入れながら僕は答える。朝ご飯を食べてからは、ちゃんと勉強もしてきたのだ。
「じゃあ、何か英語で言ってみてよ」
母のリクエストに、僕は右手の親指を立てて答える。
「アイム、カミング!」
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