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第21話 藍に乱点(11)

 何度も遊びに来てるし、遠慮なく上がりこんで台所の椅子に座ると、先輩が冷蔵庫から缶のコーラを二つ出した。缶が黒い。うちは父が「黒いのは美味しくない!」と言うので、買い置きは赤いのばっかりなのだ。僕は、どちらも美味しくいただける派だ。  対面に座り、「いただきまーす」と一緒に手を合わせてかぶりつくと、はし巻きはかなり微妙な味だった。 「先輩、このはし巻きって、なんか生地甘い……?」 「ホットケーキミックスが混ざったような味だね」  もったいないから食べるけど、これは結構ひどいかもしれない。父なら怒り狂うレベルだ。  母は新作料理を作るとき、父が当直でいない夜を絶対に狙ってくる。父はまずいものを食べさせられると不機嫌になる。身長一八〇を越えるプロレスラーみたいな大男、つまり僕の父が不機嫌になると、怒らなくてもそれだけで怖い。僕は実験台というわけだ。たまに外れを食べさせられる(そしてまずいと文句を言うと怒られる)から、僕も多少は我慢強いほうだと思うけど、先輩は相当我慢強い。  はし巻きをなんとか完食して、手をつけたイカ焼きは、味は悪くないけど少し硬かった。 「これは、こんなもんかな」 「こんなもんだね」  つい出てしまった僕のひとり言に、先輩もイカ焼きを飲み込んでこたえた。 「お祭りで売ってるものって『こんなもの』かもしれないね。よく考えてみると、すごく美味しいものとかすごく良いものは売ってない。でも、なぜか欲しくなるんだよね」 「そうかもしれませんけど、でも、串カツはすごく美味しかったです!」  僕が力説すると、 「純生は、また来年行けばいいよ、友だちとでも……彼女とでも」 口元は笑ってるくせに、一瞬、すごくさびしそうに目を伏せて、先輩はコーラを飲んだ。  そうだった。先輩は来年はもうここにはいないかもしれないのだ。  僕までさびしくなって黙り込むと、先輩は頬杖をついてそんな僕を眺め、なぜかちょっと嬉しそうに笑った。  そして、ふと、いいことを思いついたような顔になった。 「ねえ、純生。俺、前から一度やってみたかったことがあるんだけど、協力してくれない?」 「なんですか?」  急に楽しそうな様子になった先輩を少し変に思ったけど、僕は首をかしげてイカ焼きをかじった。 「せっかく浴衣着てるんだから、脱ぐとき『殿様と腰元ごっこ』させてよ」 「殿様と腰元ごっこ、って……?」 「あーれー、くるくるくるくる、ってやつ」  先輩は「あーれー」で甲高い声を出して、全身で何かをひっぱるような動作をした。  あーれー、くるくる……。 「ああ!」  たまにテレビの時代劇やコントで見るあれだ。美人の腰元が「ご無体な」とか言いながら殿様にくるくるされちゃう、あれ。 「俺が殿様で、純生は腰元ね」  本日二回目の先輩のドヤ顔だった。

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