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第4話 光は闇に
「全部おとぎ話だ」
夜更しする子供を寝かしつけるためのね。
「まぁ、それでもこの国は律儀だけどね」
魔王は全世界を手にする寸前、天から遣わされた勇者によって倒されたんだ。
「そこが面白いところです。作り話と分かっていても、目に見えぬ得体の知れないものに、人は恐怖と畏怖を覚えます」
魔王は倒されたが、死んではいない。
この国の外れに、魔王を封じたと云われる石碑がある。
科学技術が進んだ今世紀において尚、騎士団が石碑を守っている。
二日後に月食を迎える。
石碑の守りは万全に……
「……と、俺が命じたんだったな」
国の伝統に基づく指令が、騎士団長としての最後の仕事になった。
「夜風はお体を冷やします。お部屋で紅茶を淹れましょう」
短くなった煙草の火が、ぽとりと落ちた。
(お前と一緒に居られる時間は、限られている)
「ストレートティーがいいな」
(こうして会話する時間は、もう……)
「では、ダージリンを」
「セカンドフラッシュで」
「はい」
風に揺れて、最後の火が落ちた。
今夜の月は欠けている。
満ちる月の手前。不完全な月は、欠けている。
「あなたは王になれぬ身……」
不意に雲間から流れた月光が突き刺した。
「その体が呪われているがゆえに、この国を追放されます。隣国の皇太子の花嫁と、体裁は整っていますが、要するに強国の脅威に屈した生贄にほかならない」
「何を今更ッ」
振り返る。
男の唇から紫煙が離れた。
チリリ……と落ちた煙草の赤い火が、風に流れて足元で灰になる。
その瞳の色は月のように白く、感情がない。
「皇太子の良い噂は聞きません」
サァっと風が流れた。
「ご存知でしょう。飽きた側室を臣下に与え、輪姦されるのを眺めて楽しむそうではありませんか。あなたは、そんな男の妾に進んでなるのですか」
お前と一緒に居られる時間は限られている。
でも……
「俺はッ」
お前とこんな話をしたいんじゃない!
「Ωだ」
生殖能力のない雄をΩと呼んでいる。
男性器はあるが、精子を作らない。この国で、生殖能力のない雄は男の慰みものになるよりほかない。
王家ともなれば、血筋を残せないから尚更だ。
「この国には残れない」
慰みものであろうと、皇太子の花嫁。体裁は整っている。
あの皇太子だ。どんな扱いを受けるかは目に見えているが。
それでも。
「それでも」
いつからだろう。
魔王は、とこしえの眠りの封印の一瞬の隙をついて、最後の力で勇者の生殖能力を奪った。
勇者の血筋が、再び魔王を滅ぼさぬように。
死の眠りから解き放たれ、甦り、この世界を手にするために。
障害となる勇者の血筋を、この世界から排除した。
そうして、時が過ぎ……
何百年もの時が過ぎ去り、いつからだろう。
生殖能力を持たない雄はΩと呼ばれ、人々に忌み嫌われる存在となっていった。
魔王の呪いを受けた身は、世界に災いをもたらす存在だと。
光は闇に染まったんだ。
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