9 / 56

第9話

 えっと、ちょっと待ってェェェーッ!  思考が予測の範囲を超えている。  脳の情報処理が追いつかない。 「ランハート!」 「はい」 「………」 「………」 「何か言って!」 「と、仰られましても。名前を呼ばれたので返事をしたのですが」 「そうじゃなくって!」  だって!  だって、だって。  俺は今、結婚の申し込みをされてるんだぞー!  結婚  それは人生最大の選択であって…… 「俺がお前の夫になるって事?」 「妻です」  それ、どっちでもいいだろ! 「ランハートと家族になるって事?」 「そうですね」  固く結んでいた唇が僅かに綻んだ。 「嫌ですか」  ……嫌ではないけれど。 「でも」  もし俺が婚約破棄したら、どうなるのだろう。  国土の多くが火山帯に位置する我が国は、食物がほとんど育たない。経済封鎖をされたら、たちまち食糧難に陥る。  そうでなくとも! 「国境を越えて攻め込まれたら」 「そのための警備です」 「しかし!」  上空を絶え間なくヘリコプターが飛んでいる。 「国境も通常の三倍に警備を増員しております」 「だが、それでも」  圧倒的な軍事力の差は埋まらない。 「全軍で攻め込まれたら」  一溜まりもない。持って三日だ。 「今すぐ軍を撤退させろ。外から見れば、我が国のしている事は挑発だ」 「ご案じなく」  フフ……  微かに口角を上げた唇を風が駆け抜けた。 「間もなく吉報が降りてくるでしょう」  バサッバサッバサササー!  轟音を掻きなでるプロペラ音よりも大きく響いて、なぜかその音だけは聞こえたんだ。  高らかな羽ばたきが。

ともだちにシェアしよう!