29 / 56

第29話

「アイル様」 「は、はい!」 「どうしたのですか?声が裏返ってますよ」 「だって……」 「だって?」  俺にもよく分からない。  心臓がトクンってなるんだ。  名前を呼ばれただけなのに。 「大切にしますよ」  唇に触れるだけのキスをする。 「それでは、ここからは作法にのっとって進めましょう」 「作法?」 「はい。上位魔族ともなると、婚礼作法があります。無論、私は魔王、そして稀少種のαですので、上位魔族に当たります」  αはβ、Ωの上に君臨する支配層。 「愛するあなたを私で支配致します。では、脱ぎましょうか」  これから始まる行為を言っている訳で……衣服の事だ。 「それとも脱がせてほしいですか?」  プルプル  思わず横に首を振っちゃったけど。 (そしたら、自分で脱がなきゃならないってことだ〜!)  どうしよう★ 「困った顔もお可愛らしい」 「あっ」  顔に出てしまっていたらしい。  これからする事を分かっててオッケーしたのに、失礼だよね。 「ごめ……」 「いえ」  つっと人差し指が唇を押さえた。 「私が無理を申し上げたのですから。まず私から脱ぎましょう」  スルリと絹のシャツが肌を滑り落ちた。 「あっ」  惜しげもなくさらされた裸体に、息を飲む。 「見惚れましたか?」  魔族の体というものは、如何にして美しいものなのか。  人間を魅了するため、神が造形したとしか思えない。  魔族……ではなく。  ランハートが美しいのだろうか。 「私にとって、ほかの人間などどうでもいい存在です。魔族とは、冷酷なのです」  そう答える彼は慄然として、美しい。 「この心臓はあなたのために」

ともだちにシェアしよう!