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第29話
「アイル様」
「は、はい!」
「どうしたのですか?声が裏返ってますよ」
「だって……」
「だって?」
俺にもよく分からない。
心臓がトクンってなるんだ。
名前を呼ばれただけなのに。
「大切にしますよ」
唇に触れるだけのキスをする。
「それでは、ここからは作法にのっとって進めましょう」
「作法?」
「はい。上位魔族ともなると、婚礼作法があります。無論、私は魔王、そして稀少種のαですので、上位魔族に当たります」
αはβ、Ωの上に君臨する支配層。
「愛するあなたを私で支配致します。では、脱ぎましょうか」
これから始まる行為を言っている訳で……衣服の事だ。
「それとも脱がせてほしいですか?」
プルプル
思わず横に首を振っちゃったけど。
(そしたら、自分で脱がなきゃならないってことだ〜!)
どうしよう★
「困った顔もお可愛らしい」
「あっ」
顔に出てしまっていたらしい。
これからする事を分かっててオッケーしたのに、失礼だよね。
「ごめ……」
「いえ」
つっと人差し指が唇を押さえた。
「私が無理を申し上げたのですから。まず私から脱ぎましょう」
スルリと絹のシャツが肌を滑り落ちた。
「あっ」
惜しげもなくさらされた裸体に、息を飲む。
「見惚れましたか?」
魔族の体というものは、如何にして美しいものなのか。
人間を魅了するため、神が造形したとしか思えない。
魔族……ではなく。
ランハートが美しいのだろうか。
「私にとって、ほかの人間などどうでもいい存在です。魔族とは、冷酷なのです」
そう答える彼は慄然として、美しい。
「この心臓はあなたのために」
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