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第6話
昨日強引に黒川嶺二から取り付けられた約束。
『先輩来るまで待ってるから、絶対来いよ!』
何故、あの状況から俺とデートなんて発想が出てくるのか……。
「何なんだアイツは……、宇宙人なのか?」
ブツブツと文句を言いながらも、俺は指定されている待ち合わせ場所に到着している。
約束の時間、十分前に…………。
-------、イヤ、良く考えたら律儀にここで待ってなくても良くないか?しかも十分前からって……、なんか俺の方が楽しみで早く来ちゃいました感出てるしッ!
今日だって家をユックリ出ようと思ってたんだ……。ケド、たまたま朝何時もより早く目が覚めちゃったし、部屋の掃除や用事も何だかスムーズに終わって……。そしたらする事無くなって……家を出たらこんな時間に着いて……。
イヤ、そもそも来なくても良かったよな?ケド……俺が来るまで待つって言ってたし……。イヤ、やっぱりそれでも俺が早くに着いてるのは……、何か違うよな?
突っ立っていた俺はその事実にハタと気付き、この場から早々に立ち去って違う場所にいようと一歩を踏み出したところで
「先~輩!」
後ろから聞き覚えのある声に、俺はビクンと肩を震わせて恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはあの晩のレイちゃんが立っていた。
「ぁ……」
まさか女装の格好で来るなんて思ってもみなかった俺は一瞬言葉を無くしてしまうが、そんな俺を見てレイちゃんはフフッと悪戯っぽく笑うと、俺の腕にスルッと自分の腕を絡めて
「一応、デートだからさ。これだと堂々とこうやって出来るじゃん?」
と、グイッと俺を引っ張って歩き出す。
そりゃぁ傍から見れば男女に見えるし、腕を組んでいても違和感は無いだろう。
それに…………、やっぱり可愛い。
昨日みたいに男の格好で来ると思っていた俺は、どうしても自分の好みのコイツをチラチラと見てしまう。そんな俺の視線に気が付いたのか、黒川は嬉しそうに俺の顔を見ながら
「何、やっぱコッチの方がタイプ?」
なんて、聞いてくるから俺は息を呑んで
「……ッ、は、はぁ?ンなワケね~し……」
フイと顔を黒川から反らして、モゴモゴと口を動かすと俺の反応が良かったのか、奴はもう一度フフと笑って
「とりあえずさ何か食べてから、行きたかったところ行っても良い?」
と言われ、俺は無言で頷く。
まず向かったところはベトナム料理店。
自分では行った事の無いところに連れて行かれて、少しだけ緊張してしまうが出てきた料理は日本人向けにアレンジされているのか、食べやすく美味しかった。
「え?こういうところ初めて?クセ強すぎた?」
初めてと聞いた黒川は、心配そうに俺に尋ねてきたが、美味しそうに食べる俺を見て安心したのか終始笑顔で、なんだかんだと会話もスムーズで楽しい。
アレ……?俺、昨日コイツと変な空気になったよな?と、話をしながら何度か思ったが、目の前にいる女のレイちゃんと昨日の奴とでは全くの別人に見えて、混乱する事もしばしばで……。最終的には何だか考えるのも面倒臭くなってしまい、楽しむ事にした俺がいる。
食事を済ませて店を出てから、黒川は俺の腕に自分の腕を絡ませるんじゃ無くて手を繋いできたが、それも本当に自然で……。
俺もなんの違和感も無く繋ぎ返して歩いている。
「どこ行ってんの?」
しばらく話しながら歩いているが、次の目的地は知らされていなかったので聞いてみると
「ん?良いところ」
ニカリと笑って教えてくれない黒川に、俺はかすかに眉を潜めて奴が歩くスピードに合わせる。
「ここだよ?」
道路に看板が出ているところで黒川が足を止めて、ジャ~ンッ!みたいな感じで俺に言ってくるので、俺は看板に目を向けるとそこは猫カフェ。
「え、猫カフェ?」
「そ、予約してるから早く行こう」
猫カフェはビルの二階にあるようで、看板の奥に階段があり奴は俺の手を引くと階段を上がって行く。
……………マジで?…………ッ、ちゃ嬉しいンだが?
階段を上がりながら少しだけ俺はソワついてしまう。それは俺が滅茶苦茶、猫が好きだからッ!
実家はマンションでペット禁止だったから、小さい頃から動物は飼えなかった。
高校の時に学校でよく野良猫に餌をやっていたくらいで、それ以来猫を触った記憶が無い。
大学の講義中とか、一人の時にたまに猫の動画を見て癒やされているくらいで……。
ウワッ、マジかよ!めっちゃテンション上がるッ!
階段を上がりながらウキウキしている俺を振り返った黒川が、おもむろにブハッと吹き出して
「何、ココ正解だった?」
からかうように言われて、カァッと顔が熱くなるのを感じるが
「まぁ……、猫、好きだし……ッ」
素直に答える俺を見て、一瞬黒川はキョトンとした顔になったが、次いではニッと歯を見せて
「そ、良かった」
それだけ言うと階段が途中踊り場になったところで奴は右に足を向けると、そこに猫カフェのドアが現れる。
チリン、チリン。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、奥からスタッフの人が顔を出して挨拶してくれて
「予約していた黒川ですけど」
「はい、黒川様お待ちしておりました。当店は初めてですか?」
「はい」
初めてと申告すると、レジの前で一通りシステムを説明される。それが終わるとレジでワンドリンク分のお金とフリータイムのお金を先に払って手を消毒し、靴を脱いで猫達がいるスペースのドアを開けて中へと入る。
「ドリンクがご用意できましたら、こちらのカフェスペースにお持ちしますのでこちらで飲食お願い致します」
猫達がいるスペースの手前にもう一つ部屋があって、そこで飲むらしい。そこも猫達が入れないようにドアが付いているが、全面ガラスなので中から猫が見れるようになっている。
「また、中にある玩具で好きに猫ちゃんと遊んでもらっても大丈夫ですが、無理に抱っこは止めて下さい。お膝に乗ってきたら抱っこは大丈夫です。テーブルにあるメニューは猫ちゃんのおやつメニューになるので、良かったらご利用下さい」
言いながらドアを開けてくれて、俺達が中へ入るとドアを閉めてくれる。
「ファ……、ア~」
中へ入ると、誰だ?と興味がある猫達がスンスンと匂いを嗅ぎに近付いて来てくれて、俺は堪らずに声を漏らすと
「先輩、猫メッチャ好きじゃん」
黒川もテンションが上がっているのか、笑いながら言ってくるから
「実家のマンションペット禁止で……ッ、飼いたいけど駄目だったから」
入ってすぐ右にソファーがあり、俺は猫の邪魔にならないようにユックリとソファーに腰を下ろすと、何匹かは俺の周りでまだ匂いを嗅ぎにきてくれる。
黒川も俺の隣に腰を下ろして
「そっか、俺も猫好きだったからここにして良かった」
首を傾げながら笑顔で言われドキリと鼓動が跳ねる。が、すぐに視線を猫に向けて
「あ~……、ここのお金……出すし……」
何故かドギマギしながら俺は自分のバッグに手を触れたところで
「あ、良いよ勝手にここ予約して来たかったのは自分だし」
やんわりした口調で断られるが、俺はゴソゴソとバッグをまさぐりながら
「イヤイヤ、それは……」
悪い。まで言わせてくれずに
「じゃぁ、次は先輩に出してもらおうかな。それで良いでしょ?」
ゴソゴソしている俺の手に黒川の手が重なり、俺は動きを止めると
「じゃぁ、晩ご飯は俺が出す……」
重なった手を振り払えずに顔を奴に向けると、ニコリと笑顔で
「ン、解った。じゃ、楽しもう?」
「…………そうだな」
テーブルの下にあった籠の中に、猫にの玩具がひとまとめで入っていて、俺はその一つを掴むとスンスンと匂っている猫の側でウリウリと玩具を動かす。
まだ若い猫は俺の脚から興味が玩具が移ったのか、ピクリと反応して瞳孔が一気に開くとお尻を高くしフリフリ振ると、その玩具目掛けて飛び付いてくる。
「ハ、ハワ~~ッ。か、可愛いッ」
俺の玩具に素直に反応してくれる猫が可愛くて、きっと顔はデレデレになっていると自分でも解るが、久し振りに動物と触れ合っている事実は、そんな些細な事を忘れさせてくれる。
それが、奴の前でもだ。
しばらく他の猫達も巻き込みながら玩具で遊んでいたが
「黒川様、お飲み物の準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」
スタッフの人が部屋のドアを開けて読んでくれるので、俺と黒川は促されるように隣の部屋へと移動する。
レジのところで頼んでいた飲み物がカウンターに置かれていて、それぞれ自分のところにある椅子に座ると飲みながら部屋の中にいる猫を眺める。
と、
「先輩昨日さ、外見の件でメッチャ怒ってたじゃん?」
唐突に昨日の話を始める黒川に、俺は飲んでいた飲み物を吹きそうになるが、それをグッと堪えて視線を奴の方へと向ける。
黒川は俺と視線が合うと、少し複雑そうな表情でニコリと笑って
「俺の外見が良いから、自分の気持は解らないとか……何とか言ってたじゃん?」
「………………、それは……」
そう昨日コイツに色々と言われ、昔の自分を思い出してしまい図星を突かれた俺はコイツにあたってしまったのだ。
口ごもる俺にフッと微かに笑った声が漏れ聞こえ、俺は視線を上げると
「俺はさ、自分の容姿が嫌で大学では目立たないようにしてんだよね」
「…………は?」
意外な台詞に俺は黒川と視線を合わせると
「だから昨日みたいな眼鏡かけたり、モッサリした髪型してたりね……」
ラブホでの寝顔と、昨日の男の姿を俺は見ているが、素から綺麗な顔立ちをしている奴は、女装してたって素が良いから可愛く変身できるのだ。
そんな奴が自分の容姿が嫌だから目立たないようにしているなんて、俺からしてみれば贅沢な悩みというか……。なんでそうなったのか気になってしまう。
俺ならもっと日々を楽しむ事に全力になるのに……。
そう思っていたのが顔に出ていたのか、もう一度奴はクスリと面白そうに笑って
「周りの理想通りに過ごす事に疲れちゃったんだよね」
「理想……」
呟いた俺の台詞に、黒川はグラスにささったストローをもてあそびながら
「そう、見た目で勝手に自分を決めつけられてさ……、ソイツの思ってた姿と違ったらハイサヨナラって……結構しんどかったんだよ」
カラカラとグラスに氷があたる音が、空間に響いていて、俺はどう言って良いのか解らずに黙ったままだ。
「それに変な奴等とかに絡まれる事も多かったし……。先輩はさ、自分でそういうキャラを演じてるかも知れないけど……、最初の頃と違ってしんどく無いのかって思ってて」
黒川は俺から視線を外して、一口ストローから液体を飲むと
「ま、余計なお世話っちゃ、お世話なのは解ってんだけどさ……楽しく無さそうだなって思ってたのは本当だから」
「…………ッ、だったら昨日、そう言えば良かっただろ?」
少しだけ恨めしくブツブツ呟く俺に、黒川はフハッと吹き出し
「昨日あのまま話してても、先輩きっと聞く耳持たなかっただろ?俺も結構ムキになって言葉が足らなかったし」
ニヤニヤと笑いながらそう言われ俺は
「……ッれは、そうかも知れないけど……」
「少しでも時間が空いたからこうして話が出来てるんだし、それに……」
一旦奴は言葉を区切って、次いでは俺の方に再度顔を向けると
「今日も会える口実が出来て、俺としては一石二鳥だったしね?」
「は、はぁ……ッ?」
楽しそうに言ってくる黒川の台詞に、俺はどう反応して良いのか解らずにグラスの液体を喉に流し込む。
そうして昔の事を思い出していた。
高校の時の俺は、ソコソコ身長はあるが太っていた事もあり自分に自信が持てずオドオドとした態度で高校生活を送っていた。
昔から太りやすい体質のせいもあって、今が一番痩せている。そういうのもあり目立つ事も嫌いで、影では周りからあまり嬉しく無いあだ名で呼ばれている事も知っていたから、余計に萎縮して目立たないようにしていたのだ。
そんな時に一人の女子から呼び出されて告白された事がある。
俺にとっては人生初の告白で、舞い上がったのは無理も無い事だ。
けれど女子とあまり話した経験も無かった俺は、どう返事をしたら良いのかも解らずに無言で立ち尽くしていると
『返事は良く考えてくれてからで良いから、また聞きにくるからその時は宜しくお願いします』
ペコリとお辞儀され、その場から立ち去られてすぐには返事が出来なかった。
喋った事の無い女子からの告白。
相手の事なんて一つも知らない俺は、真剣に数日間悩んだ。
なんで俺が選ばれたのか?本当に相手は俺と付き合いたいのか?もし付き合ったとしたら?それとも断ったら?
数日悶々と過ごしたある日の放課後。俺は担任にお願いされていた資料室の整理の手伝いを終えて教室に自分の荷物を取りに行った時、教室にまだ数人残っていたのか、中から人の声が聞こえた。
何だか楽しそうな雰囲気に中に入る事が躊躇われた俺は、少しドアの前で立ち往生していると
『てかさ~、もし関取からOK貰ったらどうすんの?』
『え?ヤバ~……』
『でもOK貰わないと賭けに負けるじゃん?』
『イヤイヤ、マック奢ってもらう気満々じゃん』
『ウケル~』
ドア越しに中から聞こえた会話。
俺を賭けの対象にして面白がっている女子達の会話に俺はその場で血の気が引いて、自分の荷物よりも早くこの場から立ち去りたくて、結局教室に入る事無く家に帰った。
家に帰ってから俺は、あの女子達に何かしたのだろうか?と考えたが、別に今迄接点さえ無かったのだから、不快にさせる事なんて何もしていないのだと思うと、ただ単に暇潰しでからかわれていただけなのだと気付き、死にたい位に落ちた事を思い出す。
結局俺はあの後告白してきた子が再度俺に返事を聞きに来た時に断った事で、益々自分の立場を悪くした。
こんな見た目の奴が、女子からの告白を拒否ったって事で、振られた形になった女子が悪意を持って悪い噂を流し、高校生活の後半は俺にしてみれば記憶を消したい程に辛い日々だった。
だから大学は当時の同級生があまり来ない県外の大学を選んだし、もう二度とあんな思いをしない為に死物狂いでダイエットをし服装や髪型に至るまで努力して変えた結果、今の俺がある。
あの時のように誰にも馬鹿にされず、攻撃されないように自分から進んで今の自分になったし、舐められないように誘われれば何処にでも顔を出し、関係を持った。そこに感情を持ち込まなければ自分が傷付く事は無いと理解していたから。
当初は何でも良かった。違った自分、昔の自分を知っている奴がいない事で好きに出来ていたから……。けれど日を追うごとに、黒川に言われた通り楽しくは無くなった。
ゲーム攻略と同じ。攻略してしまえば楽しさは半減する。それに加えて相手の事を考えない好き勝手な振る舞いが許される現実に、自分自身苦痛を感じていたのも確かだ。
けれど止める事が出来なかった。イヤ、止め時が解らなかった……。
自分で作ったキャラがイメージ先行でドンドン俺を置いていく中、コイツだけはそんな俺に気付いて言ってくれていたって事で…………。
「どうしたの?急に押し黙って?」
「へぁッ?……ッ、イヤ、別に……」
俺の顔を覗き込もうとしてくる視線から逃れて、俺は汗をかいたグラスを手に持ち体ごと向きを変え奴から見えないようにする。
だって今の俺の顔は絶対に見せられない。
自分でも解るくらい顔が熱いって感じるから。
そんな自分をどうにか誤魔化そうと小さく深呼吸を何度か繰り返し、俺はヘラッと口元を緩め向き直りながら
「でも、お前も勿体無いって思うよ?」
唐突に話し始めた俺を不思議そうに見詰めながら黒川は首を傾げると
「勿体無い?」
俺が言った台詞の意味を考えながら呟く相手に、俺は何も考えずに思った事を口にする。
「イヤ、だって素が良いのにそれを隠すってさ……、俺だったら最大限利用するけど」
「…………嫌な過去があるからあえてしてるんだけど?」
「そ、それでも……ッ。お前なら周りなんて気にせずに出来そうだけど……?そんなに可愛く女装も出来るのに何か……、勿体無いよなって……」
コイツはコイツなりに容姿で嫌な思いをした過去があるかもだけど……、俺に対して結構ズバズバ言う物言いとか態度とか見ていると、周りを気にしないままちゃんと過ごせそうなのにって思えてしまう。
上手く言葉には出来ない俺だったが、黒川は俺の気持ちを汲み取ってくれたのかハハッと笑うと
「ケド、女装してる事はバレたく無いから、やっぱ大学で目立つのはちょっとな……」
「え?そんなに上手く化けてんのに?」
「先輩にはバレただろ?」
「アレは……たまたま、だろ?」
「たまたまかよッ!」
大講義室でたまたま隣に座らなかったら、きっと俺はコイツだと気付かなかったはずだ。そう考えると、不思議だな~なんて物思いに耽ってしまう。
「なぁ、大学でもアンタ見かけたら声掛けて良いよな?」
少し食い気味に俺にそう言ってくるコイツに、俺は嫌そうな顔を向けて
「……ッ、別に良いけど…………、俺はまだ昨日の事は許してないからな」
今日のデートや今の会話でお互いの事が少しだけ知れて絆されそうになっている自分はいるが、それとこれとは別の事と、俺はそうボソリと呟いた。
すると黒川はキョトンとした顔で
「は?一人で出来るように教えてあげたのに、そういう事言うの?」
「は、はぁ?俺はそんな事頼んでねぇッ……」
文句の延長で、こんな事になった俺をどうしてくれるんだと言いたかっただけなのに、後ろでイケる事を教えられ今以上に女を抱けなくなってしまったらと一抹の不安があるのも確かだ。
「ま、女抱けなくなっても俺がいるし問題無いでしょ?」
自分が考えていた事を見透かされたように言われてドキリとしてしまうが
「大アリだわッ」
すかさず言い返した俺に黒川はケタケタと笑い出し
「イヤ、反応早ぇから」
と茶化されてしまう。
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