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第7話

 あれから数日。黒川は宣言通り大学で俺を見付ける度に声を掛けてくるようになった。しかもあのモッサイ髪型と眼鏡を止めて。  「先~輩、もう昼食った?まだなら一緒どう?」  講義が終わって中庭のベンチでたむろっていると、ニコニコと片手を上げながら黒川が話しかけてくる。  「あ、クロ君だ~」  「よぉ、お前も講義終わり?」    「お昼?一緒に行こうよ~」  モッサイナリを止めたコイツは、やはり外見の良さでモテる。俺に話しかけてくるようになって、グループの女子達がコイツがくる度にソワつきだしたし、一緒にいる男連中も、コイツの外見の良さに一緒にいる事で自分達にメリットがある事が解るからか、絡んでいくようになった。  「イヤ~俺は先輩と食べたいんで、スミマセン」  ケドコイツは俺の周りがいくらチヤホヤしても俺にしか懐かない。今みたいに他の奴等からの誘いは断って、俺を連れ出す。  「ホラ先輩、早く行こう」  「え~、たまには私達も一緒に連れて行ってよ」  「クロ君と仲良くなりたい!」  「俺は先輩と仲良くなりたいかな?」  笑顔で絡んでくる女子達をそう牽制して、俺の腕の掴むとグイグイ引っ張って行こうとするので  「オイ、引っ張るなって……」  「ア~……、また連れてかれたな」  「清ばっかズルいよぉ~」  後ろで連れ達が残念そうに呟いている声を聞きながら、俺は黒川に連れて行かれる。  「最近、近くにできたカフェ行った事ある?」  黒川にも連れ達の声は聞こえていると思うが、そんな事は気にしていない素振りで俺に話しかけてくるから  「なぁ……、他の奴等とも喋ったら?」  ボソリと呟いた俺に、顔を覗き込む仕草で振り返った奴は  「え、なんで?さっきも言ったけど俺は先輩としか仲良くなりたくないんだけど?」  はっきりとそう言う黒川に、俺は少し狼狽えながら  「イヤ……、ケドさ奴等もお前と仲良くしたそうだし」  猫カフェに行ってから、コイツは自分の思うように過ごす事にしたそうだ。それは俺に言われた事が大きかったと言っていたが、まさかこんなにもグイグイくるなんて俺も思って無くて……。  ヒョコッと出てきた黒川の存在は、退屈していた俺の周りで目新しいイケメンが出てきたと一斉に女子達が浮足立った。しかも女子達がアプローチしてもなびかない事で逆に興味津々の的で、黒川がいない時に根掘り葉掘り俺にコイツについて聞いてくるから、些か俺も疲れているっていうのが本音だ。  だから、本人から周りの奴等と絡んでくれるのが一番有り難いんだが……。当の本人は毎回こんな感じで……。  「俺は逆に先輩が絡む相手変えれば良くないって思ってるけど?」  「………………、無理だろ?」  そう、黒川は俺に周りの奴等と距離を取れと言ってくる。それは前から言ってる事で、俺がいつもいるグループで楽しそうにしていないから、無理なく付き合える人を探せと言っているのだ。  俺自身もそう出来れば一番良いとは本音の部分で思っている。けれど入学してから連るんでいる連中だ、余り深入りせずに付き合ってきたとはいえ、少なからず仲間意識はある。  「まぁ……それが出来ない先輩も可愛いですけど、最終的に泣かされないで下さいよ?」  「…………、どういう意味だよ……」  「そのまんまの意味ですけど?」  泣かされるって……、成人男性がそうそう泣かされるワケねーだろ?  何を馬鹿な事を……と黒川の発言に呆れたような溜め息を吐きながら、俺達は先程奴が言っていた最近大学の近くにできたカフェへと向かう。  昼時もありカフェは人が多く、俺達はテラス席に案内された。店内には大学で見知った顔の奴も何人か居て、軽く挨拶をしながら外の席に腰を下ろす。  注文を取りに来たスタッフにメニューを指差しながら頼んでいる黒川を見詰めて、器用だよなコイツ。と思う。  つい先日猫カフェに一緒に遊びに行った時、コイツは女装して来ていたのだが器用に人前と、俺と二人の時の態度や物言いをきちんと使い分けていたのだ。俺との時は素を出して自分の事を俺と言っていたのに、誰かが居る時は必ず私と言っていた。  混乱しないか?と尋ねた俺に『もう慣れたかな?』と、少し苦笑いしながら答えた黒川に、そんなもんなのかなと思う。猫カフェから出てしばらく街ブラしてから夕飯を食べに行ったが、本当に完璧に女子を演じていて……。いつからしてるんだ?と尋ねると『高三になってからかな、知り合いの子にしてもらってそこからハマった』と言っていたが、多分最初に出会ったクラブで一緒に来ていた連れの事かな?と俺は踏んでいる。  注文していた食事が運ばれ、楽しく会話しながら黒川とお昼を食べる。最近はこういう普通の絡みが多く、処理の仕方と言って触られたあの日以来コイツから手は出されていない。  俺の方も何かと黒川が絡んでくるようになってから、セフレの彼女達から連絡がきても断るようになっていて……。  まぁ、勃つかどうかの不安もあって極力これ以上変な噂が広がらないように自粛してるってワケだ。  その分黒川と一緒に過ごす時間が増えたのだが、結構趣味が似てるというか……一緒に居ても楽しいだけで、嫌だと感じる事が少ない。  最近は大学が終わってお互いにバイトが無い時は、どちらかの家で映画を見たり、お笑いを見たりしているし、酒の好みも割と似ていて俺と一緒に飲んでも結構潰れる奴が多かったが、コイツは最後まで付き合える貴重な奴というのもポイントが高い。  しかも色々とさらけ出してしまっている相手だから気負わずにいられるのは、俺にとってだいぶ楽で……。  ……………、居心地良いんだよな~……。  中学、高校と自分に自信が無かった俺は、根暗な奴だったから友達と言える奴も居なくて、もしいたらこんな感じなのかな?とか……、結構今の現状を楽しんでいる節もあったりして……。  「レイじゃん?」  突然俺の後ろから黒川の名前を呼ぶ声が聞こえて、俺は声のした方に顔を向けると、そこには髪が長く猫目の美人が友達と一緒に立っていて  「由佳」  ユカと呼ばれた彼女は黒川の方に足を進めると  「何アンタ、本当にモッサイの止めたの?」  不思議そうにそう言いながら黒川の側まで来ると、不意に俺に視線を合わせて小さくペコリとお辞儀をする。  俺もつられてペコリと返すと  「しかも珍しいねボッチのアンタが、誰かとお昼食べてるとか」  「うるせぇ、お前も早く友達と食べろよ」  お互い気心が知れている物言いに、親しい友達なのかな?とジッと彼女を見てしまう。  「は?何その言い方……………、ア……ア~~~、そういう事?」  彼女は何かに納得したのか、ジッと見詰めている俺を振り返り「フ~ン」と俺の頭から爪先までジロジロと不躾な視線を寄越すと  「てか、変わりすぎじゃ無い?」  「由佳ッ!!……、用無いならもう行けよ」  すかさず黒川がバツの悪そうな顔付きで彼女にこれ以上何も喋らせないように横槍を入れると、彼女は肩を竦めて  「解ったわよ、邪魔者は消えます~。先輩、またね」  イ~~ッと黒川に嫌な表情を向けた後、俺にはそう言って後ろにいる友達と店内の中へと消えていく。  …………………、何だか俺の事を知ってる感じだが……、俺は見たこと無いよな?  「誰?」  素直に疑問に思っていた事を聞いて見るが、黒川は嫌そうな顔をして  「………………、知り合い……」  一言呟いただけで、それ以上俺に聞かれる事を拒否する空気を纏う。  知り合いって……、俺の事先輩って言ってたって事は、俺が自分より年上って事も解ってるって事だろ?どこかで会った事あったか?  俺はグルグルと記憶を手繰り寄せるが、思い出せない。でも、あんな猫目の美人一度会ってたら覚えてそうだけどな……。と、考えていると  「ソロソロ出ようか?」  気まずそうに奴がボソリと呟いて席を立つから、俺も半分以上残っていたアイスコーヒーには手を付けずに一緒にカフェを出る。  大学まで気不味い雰囲気の中を黒川と一緒に歩いているが、俺は先程のユカと呼ばれていた彼女の事を考えていた。  黒川と仲よさげな感じだった彼女。コイツがモサいナリを止めた事も、大学で余り人と関わりを持って無い事も知っていた。しかも、黒川には珍しい物言い。俺や俺の周りの奴等とも違う喋り方は、二人が親密だと思わせる。  ………………、彼女、とか?  フト頭に浮かんだフレーズに、何故か俺はドクンと鈍く鼓動が跳ねる。それと同時に嫌な感覚が自分を飲み込んでいきそうで、ブルブルと首を左右に振っていると  「先輩?」  訝しげに俺の行動を見ながら黒川が呟くので、俺はハッとなると  「な、何でも無い……」  変な行動を見られてしまったと、両手を振り口を引き攣らせながら答えると  「?……、なぁ今日も先輩の家バイト終わりに行っても良い?」  と、聞かれるので  「ぇあ?……も、勿論!この前のドラマの続きでも見るか?」  しどろもどろに答えた俺に、黒川は途端に上機嫌になると  「んじゃ、何かテキトーに酒買って行くわ」  大学の校舎に着いて、二、三そんなやり取りを交わした後、俺達はそれぞれの講義を受けに別れた。

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