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第9話
黒川の忙しい時期が終わったのか、あのキスをしていた日から数日後、また何も無い顔で奴からの誘いが増えた。
だが、今度は俺から奴の誘いを断っている。
…………、だってそうだろ?彼女がいる奴の誘いを受けていつも連るんでいると、彼女からしたら俺が悪者じゃないか?
極力喧嘩の原因になりたくない俺は、飯や遊びの誘いを断っている。
あの日黒川のノートを渡しそびれたが、いつもの面子でたむろっている時に黒川が話しかけて来たので、その時にノートは返した。
二人で見ていた海外ドラマの続きも、結局はあの後一人で最新話まで見てしまったし、酒も自宅で一人で飲む事に慣れてしまった。
今日も自宅で一人、お笑いを見ながら晩酌しようと、家から近いコンビニに寄ってつまみと酒を買って帰っている。
コンビニから出て、自宅アパートの階段を上がり足元から視線を前方ヘ向けると、俺の部屋の前に人影。
「…………ぁ……」
相手も俺の姿を認識したのか、しゃがんでいる態勢からスクッと立ち上がると
「先輩……」
黒川は小さく呟いて真っ直ぐに俺を見詰める。
まさか自宅の前に黒川がいるなんて思って無かった俺は、一瞬たじろいでしまうがキュッと唇に力を込めるとドアの方へと進んで行く。
「今日……断ったよな?」
パンツのポケットから鍵を取り出し玄関を開けながら呟く俺に、黒川は隣で
「……ケド、予定無さそうだよな?」
俺が持っているコンビニの袋を覗き込みながら呟くと、ドアノブを掴もうとした俺の手首を捕まえて
「中、入れてくんねーの?」
黒川に掴まれているところから熱が広がって、俺の鼓動が早くなる。俺は、それを振り払うように腕を自分の方にグイッと引き寄せて
「来るところ間違ってんじゃね~の?」
奴の顔は見れずにそう返すと
「は?……、最近アンタ変だよな?何かあった?」
なんて言い返してくるから、俺は一瞬奥歯を噛み締め次いではヘラッと笑い
「俺じゃ無くて、お前だろ?……、とにかく今日は無理だから帰れよ」
ドアを手前に引いて開け、俺は玄関の中へと入ろうとするが、俺が一歩を踏み出すよりも早く黒川の手がドアノブを握るから、俺の手と重なる。
「は、俺?意味解んないんだけど?」
もう一度黒川の体温を感じて、俺はバッとドアノブから手を離すと
「俺に興味無い奴、俺も興味無いからッ」
早口で捲し立てるように言葉を紡いだ俺は、自分で言った台詞にカァッと顔が赤くなるのを感じて、ドアノブを握っている黒川の手を掴んで離し、もう一度玄関を開けて中へと入ろうとすると、ガッと肩を掴まれ
「イヤ、ナニナニナニ?どういう意味?」
俺の言った台詞の意味が解らないと、眉間に皺を寄せながら黒川が距離を詰めてくる。するとフワリと奴の体臭が鼻孔をくすぐり、俺は左腕を奴の胸板に押し当て距離を取る。
「…………ッ、ヤッパ女の子の方が良いって話……」
「………………、何?」
俺が呟いた一言で黒川の動作が止まり、固まるのを感じる。
「俺もお前も女の方が良いだろって事。こんなさ~……、男二人でいつも一緒に居ても不毛だろ?」
ペラペラと喋る俺の台詞に、黒川の空気が凍り付いていく雰囲気が伝わってくる。だが俺は喋るのを止められない。
「お前もバイだって言ってたし、ソロソロ俺達連るむの止めないか?俺も良い加減女の子と遊びたくなってきたしさぁ……」
「……………ッのかよ?」
「え?」
低く唸るように黒川が呟く。その台詞が聞き取れなくて、聞き返してしまった俺に黒川は掴んだ肩に力を入れると俺は反動で奴の顔を見てしまう。
「女、抱けんのかって聞いてんだ」
ギッと睨み付けるように俺に言った台詞よりも、睨んだ目の奥に奴の熱を感じてドクンと鼓動が跳ねる。
俺は咄嗟に黒川から視線を外して
「…………ッける」
「あ?」
「抱けるって言ったんだよッ、もう良いだろ?帰れよッ」
肩に置かれた手を振り払うように腕を振って、俺は勢い良くドアを開けると部屋の中へ素早く入る。後ろ手でドアノブを掴んで奴の顔を見ないようにドアを閉める瞬間
「清ッ……」
バタンッ。
俺の名前を呟いた黒川の吐息をドアが遮断する。
ガチッと鍵を施錠して、俺はその場にしばらく立ち尽くした。
どのくらい玄関で立っていただろう。黒川の靴音が遠くなっていくのを聞いた後も、そのままその場にいたが、ユラリと力無く片足を上げて一歩踏み出せばいつものように靴を脱いで部屋の奥へと進んで行く。
真っ暗な部屋にパチリと明かりを点け、無意識にカーテンを閉めると俺はそのままベッドヘダイブする。
「…………………」
手首に絡まっていたコンビニの袋が重さでガサリと音を立てながら床へ落ちると、何故か笑えて俺は乾いた笑いをハハッと口から出し、次いではギュッと唇を噛み締めた。
あの、黒川と彼女がキスをしていたのを目撃してから、自分の知りたく無かった感情に気付いてしまった。
「……………ッ、ハッ」
もう一度笑おうと口を開いたが、出てきた吐息は熱く湿っていて……、俺は震える唇を閉じようとしたが失敗し、笑いはいつの間にか嗚咽へと変わっていく。
好きなのだ、黒川の事が。
自覚する前に失恋してしまった気持ちは、相手に伝える事も出来ないまま、俺の中で消化不良を起こしている。
最悪な出会いだったはずだ。騙された挙げ句薬を盛られて気持の整理も出来ないまま奴に抱かれた。それ以来女を抱く事もままならなくなったのに……。
「馬鹿かよ……俺は……」
それでも、好きになってしまったのだ。
最悪の出会い以外、奴と過ごす日常は俺にとってとても居心地の良いものだったから……。俺の事をよく見ていた黒川が俺にありのままでいても良いと言ってくれたからだ。
見た目は変わっても、結局根っこの部分で無理をしていた俺を見付けて、奴の前でだけは素の自分でいられた。どれだけそれに救われていたか……。
一度だけタイプだと言われ、そこから頻繁に奴から誘われて……、見た目の事で言い合って、奴にお前も素で良いじゃんと伝えればモッサイ見た目から変わり……、俺の周りの奴等からアプローチされても俺にしか懐かず……。
そんな事されたらさぁ……、俺に気があるんじゃ……って思うよな?
「………………ケド、違ったんだよな……」
一人で舞い上がっていた事を思い知り、恥ずかしさに死にたくなる。
このまま消えてしまえば良いのに……と自分に呪いの言葉を吐きながら、何もやる気の無くなった俺は目を閉じた。
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