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第11話

 来るつもりは無かった。だけど彼女の必死さが伝わってしまえば、チラリと見るだけでも……と、気付けば足は会場になっているクラブの前で止まっている。  黒川と正面切って会う事には気が引ける。  俺からアイツを拒否ったっていうのに、ノコノコここに来ているのも変な気分だ。  一目チラッとアイツを見て帰るつもりだと何度も自分に言い聞かせて、俺は受付にインビテーションを差し出し箱の中へと入っていく。  何度も来た事のある箱は、俺が知っている場所を知らない所だと勘違いさせるほど様変わりしていた。  いつもは飲食スペースと踊る為のフロアーを壁で仕切っている内装なのに、その壁が無くなって広い空間になっている。それにいつものほの暗い照明は、今日に限っては明るく箱のデコも凝っていて、天井からは葉っぱや蔦が張り巡らされ所々に大きな鳥籠がフロアーに設置されている。その中に独特な服装を着たマネキンがポーズを取っているが、中には本当の人間が入ってユックリとポーズを取っているのだ。  フロアーの真ん中には長いステージが端からカウンターの手前まで伸びていて、その周りには客が入って来れないように柵で囲いがされている。  インビを見て薄々気付いてはいたが、今日のイベントはファッションショーらしい。  それを見て、俺の中で点だったものが線へと変わる。多分だけど黒川の女装は従姉弟の彼女が大きく関係していると……。  インビの裏面を見てみると、服飾関係の専門学校制作。とあったから、きっと黒川がモデルとしてこのイベントに参加していると言う事だろう。  年に何回か定期的にこういうイベントを開催しているらしい。  アイツがここ最近忙しかったのは、こういう事か……。と、何故かホッとしている自分もいて……。  キョロリと辺りを見渡せば、結構な人が入っている。年齢もバラバラで、歳がいってそうな人とかは誰かの保護者とかなのかな?と、俺はカウンターに近付きながら思っていると  「アレ、清じゃん?」  カウンターの中にいるスタッフに飲み物を注文しようとしていた時に、横から聞き慣れた声が聞こえて俺は視線を向けると、いつもの面子の一人が俺も知らない奴等と酒を飲んでいる。  「お、ぅ佐藤。何、お前も来てたの?」  まさかここで知り合いに合うとは思って無かった俺は、少し驚きながら答えると  「俺は付き添いな、コイツの彼女がモデルで出るらしくて見に来たんだよね。清は?」  「まぁ……俺も似たようなもんだわ……」  「あぁ、昼間の彼女?」  「まぁ……」  まさかお前も知ってる黒川がモデルとして出るから見に来たとは言えない。だって黒川は確実に女装して出てくると予想ができるからだ。  会話の合間にスタッフに飲み物を注文して、出てきた物を受け取ると俺はその場から離れようとしたが、佐藤の手が俺の肩に伸びて引き留めると、俺の耳元に唇を寄せて  「てか清ってインポ治ったの?」  コイツ等が影で俺の事をインポだ、EDだとからかっていたのは知っていたが、直接的に言われた事が無かったので俺もスルーしていた。だからこんな風に言われ、俺はギョッとした表情で少し上半身を佐藤から離して奴を見詰めると、佐藤は面白そうに  「あ、何?まだ治って無かった?」  ニヤニヤと下衆な笑いを浮かべながら聞いてくる佐藤に、俺は眉間に皺を寄せて嫌そうな表情を向けるとそのまま無視してその場から離れた。  割と佐藤は良い奴っていう印象をずっと持っていただけに、少しショックを受けている自分もいて……、俺は気を紛らわせようと持っている酒をグビッと喉に流し込みながら奴等から離れたところで立っていると、奥のダンスフロアーに設置されているDJブースからアンビエントな曲が流れてくる。すると明るかった箱は、モデルが通るステージ以外は暗く照明が落とされて、ザワザワとしていた周りが少し静かになる。  すると奥から着飾ったモデル達がステージを歩いて来ると、途端にカメラのフラッシュやスマホをかざす手が増え、俺は人混みの合間を縫って見えるように体を少し移動した。  アッ……。  奥からでも一瞬で解ってしまう。誰よりも俺にはオーラが違って見える。  いつもよりステージ用に化粧しているのか、目の周りがキラキラとしていて……、やはり黒川の女装している姿はタイプだと改めて思い知らされる。  少しづつ近付いてくる奴から目線が反らせない。ステージ正面でポーズを決めてターンした黒川が少し視線を下に向けた瞬間、バチリと俺と目線が絡んだ気がしたが、奴はそのままステージを歩いて行く。  ……………、まぁそうだよな。気付くワケ無いよな。こんなに人がいる中で俺を認識するのは至難の業。  って、気付いて欲しいのかよッ!と自分に突っ込みを入れて、一人気不味く視線を下げてみたり……。  しばらくすると曲調が変わって、ウエディングドレスっぽい装いでモデル達が歩いて来る。  多分、これで終わりなはず……。  ショーが終わるとそのままこの箱で打ち上げみたいなタイムラインになっていたはずだ。  最初の何組かは男女のペアで登場してくるが、最後の方はウエディングドレスを着た女性モデルだけが出てくる。  その中に黒川が歩いて出て来た。  少しだけ奴が一人で出てきた事に安堵しながら、俺はジッと歩いて来る黒川を見詰めている。  先程同様正面でゆったりとポーズを決めてターンした奴が、やはり視線を俺に向けてきたので、黒川が俺を認識していると確信する。  確信してしまうと、ドクドクと俺の鼓動が早鐘を打ち始めて……。来たのがバレてしまったから一言何か言った方が良いのか?とか、嫌このまま帰ろうか?等と迷いが出てきて、益々俺は落ち着きが無くなってしまい……。  すると俺の肩にスルリと腕が伸びて、ガシッと肩を掴まれ  「清~、構って~」  と、距離を取っていた佐藤がいつの間にか俺の隣に来ている。  「あ?……イヤ、お前友達は?」  したたかに酔っているのか、佐藤からは酒の匂いがして俺は奴の友達を視線を彷徨わせて探していると  「今アイツ等は、バックステージ付近で彼女とその友達の出待ち中じゃね?」  言いながらも空いている方の手に持っている酒を飲みながら言う佐藤に  「お前も行っとけよ?可愛い娘紹介してくれんじゃね~の?」  ハハッと苦笑いを浮かべて言い返す俺に、一瞬佐藤は無言になって俺を見詰め、ニヤリと口元をまた歪めて  「じゃ、一緒に行こうぜ?」  と提案してくるから、俺は引き続き口角を引き上げたまま  「無理だって、俺も人待ってるし」  なんて嘯く。  そんな俺の返事が気に入らなかったのか、佐藤は更に体を俺に擦り寄せてくると  「てかさ~、俺思ってたんだけど……清さ~黒川と連るみだしてからインポになってね?」  「………ッは?な、に?」  佐藤の言葉に俺は青ざめ、すぐに反応出来なかった。そんな俺を見て益々口元を歪めた奴は  「もしかして清、黒川とヤッたからインポになったとか?……、掘られちゃった?」  佐藤の目付きにゾクリと悪寒が走る。  こういう目をする奴を俺は知っている。そしてそういう奴は人を傷付けるという事も。  その時、フロアーがザワリと賑やかになって、バックステージからモデル達が続々と着ていた衣装のままフロアーに入ってくる。  「オイ、お前飲み過ぎだって。水もらってきてやるから……」  佐藤と距離を取りたくて、俺はそう言いながら離れようとするが掴まれた肩に力を入れられ  「何だよ清、黒川とはできて俺とは無理って言いたいのかよ~」  俺が逃げないようにガッチリと肩に回した腕に戸惑いながらも、俺はどうやってコイツから逃げようかと逡巡していると  「誰、ソイツ?」  ザワザワとうるさいフロアーの中、ハッキリと奴の声が聞こえて俺は視線を正面に泳がす。  「あ………ッ」  俺の目の前には黒川がウエディングドレス姿で立って、俺と佐藤を交互に見ながら眉間に皺を寄せている。  「あ?誰って、君は何ちゃんですか?」  佐藤も俺と話の途中で入ってきた黒川に、嫌そうな顔を向けて尋ねているが  「お前には聞いてない。何?絡まれてんの?」  バッサリと佐藤の質問を切って、俺に聞いてくる態度に苛ついたのか、佐藤は俺からユラリと離れると圧をかけるように黒川に近付いて  「あぁ?女だからってその態度は良くないよね~?」  佐藤は言いながら黒川の肩を掴もうと手を伸ばした瞬間。  ドターンッ!  目の前で佐藤がフロアーの床に倒れ込む。  俺は何が起きたのか解らずに固まってしまったが  「スタッフさ~んッ!この人酔ってて危ないからどうにかして下さ~い!」  床に倒れた大きな音で、俺達を囲うように空間ができていてその中心で黒川が大きな声を出してスタッフを呼んでいる。  「んで、アンタはこっち」  俺の手首を掴んだ黒川が、佐藤を置いて俺をその場から引っ張り出すとスタスタとバックステージの中へと入って行く。  「チョッ………、俺部外者……」  「すぐ済む」  バックステージの中では関係者がショーの成功にシャンパンを飲んでいるところで……。その中にあの従姉弟の彼女がいて、俺達を見付けると駆け寄って来ると  「レイ、先輩と会えたんだ」  嬉しそうに俺達を見ている彼女に黒川は  「このまま抜けても大丈夫だよな?」  言いながら自分の荷物だろうバッグを肩に担ぐと彼女に確認を取っている。  「勿論、ショーも大成功だし後は打ち上げみたいなもんだから全然問題無しッ!」  何故か彼女は両手で拳を作って、黒川に頑張れみたいなジェスチャーをしていて……。それを見ていた黒川も、薄っすらと笑うと彼女の頭にポンポンと手を置いて  「ありがとな由佳」  そう言ってバックステージの奥へと俺の手を引っ張っていく。  「え?オイ、お前何処に……」  行ってんだよ。とまで言い終わらないうちに、店の裏口から外に出ると  「先輩、一緒に大きい風呂入ろう!」  と、笑いながら走り出す。  「え?………ッは?」  グンッと引っ張られながら、俺は返事を出来ずに走り出した奴のテンポに合わせて一歩を踏み出した。

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