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第12話
大きい風呂と言われた時点で、何処に行くかなんて解りきっていた。
黒川に引っ張られるまま連れて行かれた場所は、俺と奴が初めて致したラブホ。
あの時と同じ部屋では無いにしろ、どこも作りは似たりよったりだろう。
部屋に着いて黒川はすぐにバスタブにお湯を張りに行くと、貯まるまでの時間今は洗面所で自分の化粧を取っているみたいだ。俺はと言うと、借りてきた猫みたいにソファーにチョコンと座っていて……。
ガチャ。
洗面所から出てきた音に俺はビクンと肩を震わせて、正面を向いたまま。すると俺の横にドサリッと座った黒川が、俺の顔を覗き込むように顔を近付けてくるから、俺はスイと視線を横にずらす。
「先輩」
「な、………ッ何だよ……」
「由佳と話したんだって?」
黒川の方を見なくても笑顔で言っていると声音で解る。
「まぁ……」
何て答えたら良いのか解らず、とりあえず返事だけ返すと
「由佳が言うには、俺達両想いらしいんだけど合ってる?」
「………ッ」
黒川の言う確認に俺は息を呑むと、ユックリと奴の方に顔を向けて視線を上げれば、嬉しそうな顔とぶつかり俺はまた視線を下げてしまう。
………………、なんて顔してんだよっ、コイツ!
けれど、気になっていた事を聞かなければと俺は一度唇にキュッと力を込めて
「お前……俺の事高校の時から知ってたの?」
「そうだね、知ってた。ずっと前から見てたって言ってただろ?」
「高校からとか思わねーしッ!」
「まぁ……そうか。ケド先輩追いかけて今の大学入ったのも本当だよ?」
嬉しそうな表情のまま、黒川は俺の手を握るから……、俺はピクリと指先を震わせ
「お前……高校の時の俺、知ってるだろ?今とは違って……」
お前に気にしてもらえるような外見でも無かったのに……。
「俺さ、高校の時の先輩が好きなんだよね……」
「えぇ………ッ?」
意外な黒川の告白に、俺は驚きを隠せない。今の俺じゃ無くてあの地味で、デブだった頃の俺を好きになる奴なんか……。
その気持ちが表情に出ていたのか、黒川はハハッと笑って
「先輩さよく野良猫に餌やってたじゃん?」
「ん?」
実家で猫が飼えなかった俺は、高校に住み着いている猫に度々餌をやっていた。
それと、コイツが俺を気にする事に何の関係があるのか解らずに、黒川の言葉を待っていると
「最初は地味な人がいるな~、位だったんだけどね……。猫に餌やってる時だけ先輩、笑ってたんだよね」
黒川の言葉に俺はハッとする。
……………、そうだ。野良猫と遊んでいる時だけは笑ってた記憶がある。それ以外は常に緊張していて……人の目が気になっていた。特に卒業間近はあの件があったから……。
「で、先輩の悪い噂みたいなのも広がった時期があったじゃん?俺は信じられなかったけど……結構後輩周りでも有名でさ……。だから尚更気になったってのもあるけど……」
「そうか……」
黒川の従姉弟が言っていた事は本当だったんだな、と確信する。俺の中ではそんなに噂が広がっているとは思って無かったが、二人に言われてしまえばその通りだったのだと思わざるを得ない。
「結構酷い噂だったから、俺先輩はもう学校にも来ないだろうなって勝手に思ってて……。ケド先輩さ~、来てんだよね学校。で、普通に猫に餌やってんのッ!」
それを何だか嬉しそうに言う黒川の声に、俺は顔を上げてしまう。
そうして視線が奴と絡めば
「いつものように笑顔で猫と遊んでててさ~……、あ~~俺、先輩の事好きだなって」
「イヤ……おかしいだろ?それで何で好きになるんだよッ」
「だって強いじゃん?」
「……は?、強い?」
黒川が言っている言葉の意味を考えてみるが、猫にしか相手にしてもらえていない俺を強いと表現する奴に困惑する。
「普通は来れなくなるよ?防衛本能働くから逃げるよね、人って……。ケド先輩は逃げずに来てたじゃん?あんな噂流されても誰にもキレずにさ。それって結局のところ滅茶苦茶強くて優しいって事なんじゃ無いかな?」
………………優しい?
「意気地が無かっただけだろ?」
自虐的に呟いて、少しだけ自分の台詞に傷付くが、本当の事だろ?と言い聞かせる。だけど黒川は
「イヤ違うね。結果先輩がずっと登校してたから噂も自然に消えたじゃん?」
「そうか……?」
「そうなんだよ!俺は当時すげぇ腐ってて、前にも言ったけど人と関わりたく無かったワケ」
うん。知ってる。猫カフェで話してくれたやつだよな?
「ケド先輩の態度でおかしいかもだけど、俺も妙にスカッとして……。先輩みたいな人に優しくされたいなぁって思ってたんだよ。それに……」
「それに……?」
一旦黒川は言葉を区切ってから、握っていた手に力を込めると
「タイミングよく由佳にさ、女装してもらってから女の格好してる時は結構自分本位に振る舞えてたっていうか」
「うん……」
やはり女装の入口は彼女なんだな。と相槌をしながら口元が上がってしまう。
「俺、男の外見だと結構ストーカー被害が多くて……。変な女の人に襲われそうになったりとか、電車乗ってても女の人から痴漢にあったりとかしてて……」
「えッ!?」
突然のハードな告白に俺は驚いて黒川を凝視してしまう。そんな俺をおかしそうに見詰めながら黒川は続きを話し始める。
「ケド女装してると女の人からは何もされずに済んだし、男からちょっかい出されても今日みたいに倒せるしね。だから楽で……」
そうだった。佐藤をいとも容易く床に倒していた黒川を思い出して
「なんかしてんの?」
と、聞けば
「まぁ昔から変なのに絡まれたから、合気道してて……」
納得。
「てかアイツ誰だよ?」
黒川の問いに俺はキョトンとしてしまう。だって……
「イヤ……知ってるだろ?俺のグループの佐藤……」
「は?あんな奴、いたか?」
眉間に皺を寄せ思い出そうとしているらしいが、どうやら思い出せないらしい。
あの時、佐藤から向けられた視線は俺がよく知っていたものだ。
………………高校の時、同じ視線を色々な人から向けられていたからな……。ゾッとするほど人を否定している目……。
昔のようになりたくなくて、自分から選んで連るんでいた奴から向けられたそれは、酷く俺を動揺させた。
佐藤の目を思い出して、持っていかれそうになっている俺に黒川は話を続ける。
「んで、先輩追い掛けて大学に入ったらなんか高校の時とは別人になってるじゃん?」
まぁ……、もうあんな気持ちになりたくなかったからな、だから大学デビューしたんだケド……。こんな事になってしまった。
「最初は人に対して笑ってると思ってたから、良かったって……。ケドよくよく見たら全然楽しそうじゃね~の」
「………、それで俺に無理してあのグループにいるなって言ったのか?」
なんだかこんなにも黒川とお互いの事について話すのは初めてだ。だからこそ相手の言っている意味が解らずにモヤモヤしていた気持ちがクリアになり、本当にコイツは俺の事を見ていてくれていたんだと嬉しく思う。
「そ。まだ高校の時の先輩の方が無理して無かったんじゃないかって思えて、仕方なかった。だからこそ俺の好きな強くて優しい先輩に戻って欲しかったんだ」
高校の時と、今の俺。自分に言わせればどちらもキツイと言えばそうだ。だが高校の時を嫌でも思い出せる位には俺の中で過去にはなっている。今は、自分で望んだ現状に疲れて辛い。外見は変わっても結局は中身が変わってないから……。
そのギャップを自分で埋めるのは、無理をしないと埋まらない。昔の自分とは種類の違う苦痛だ。何が一番の苦痛なのかと言えば、吐き出せる相手がいない事。
高校では野良猫がその相手だったのかも知れない。だから通えていたってのも大きかったのかも……。それが大学では無かった分、キツかった。
………………でも……。
もう、俺にはコイツがいる。
突然ストンとその事実が俺の中に落ちてきてしまえば、なんだか急に恥ずかしくなってしまい見詰めていた視線を彷徨わせて下に落下させてしまうと
「……先輩?」
笑いを含んだ言い方は、俺が恥ずかしさに視線を反らしたと解っていて……。奴は上半身を屈めて覗き込むように俺の顔を見てくる。
「なん、だよ……」
覗き込んでバチリと合った目が嬉しそうに緩んで、それと同時に握っていた手が俺の顎を優しく掴んで
「ハハッ……メッチャ顔赤くなってるじゃん」
「しょ、……しょうが無いだろッ」
こんなにも胸がキュゥゥッと掴まれるような甘い痛みになる相手と出会った事が無かったのだから……。
「なぁ……本当に先輩って俺の事、好き?」
唐突に再度聞かれ、俺はハクと空気を噛む。
答えなんて解っているはずだ。奴の従姉弟からも聞いているはずだし、俺の態度を見れば明らかなはずなのに……。それでもこうやって聞いてくるのは、きっとちゃんとした確信が欲しいから。
一度は俺に女の方が良いと言われているコイツからしたら、ちゃんと俺の口から聞いて安心したいのだ……。だってもし反対の立場なら、俺も本人から聞きたい。
俺は一度ギュッと目を閉じて、小さく深呼吸すると意を決して瞼を開き奴の顔を真っ直ぐに見詰めて
「……ッ好き……」
言い終わるか終わらないかのタイミングで奴から噛み付くようなキス。
その行動に驚いた俺が小さく口を開けば、すかさず黒川の舌が口腔内へ伸びてきて、深く口付けを交わす形になる。
縦横無尽に動き回る舌は、器用に俺の舌を絡め取り舌の表面を撫でると、上顎を愛撫してくる。
「ンッ……フゥゥ……、ンッンゥ……」
鼻で息をしていても気持ち良さに頭がボーっとする頃、ジュッと音を立てて舌を吸われながらやっと開放されると
「俺も好き」
照れ臭く嬉しそうにそう呟く黒川の顔を見て、俺も自然と笑みが溢れる。
「じゃ、先輩一緒に風呂に……ッ、風呂!」
黒川は急に立ち上がると、バスルームへと駆け出していく。
そう言えば、風呂にお湯を張っていたっけ?
「あ~~ッ……」
案の定バスルームから黒川の悲鳴が聞こえて、俺はプハッと吹き出してしまう。
しばらくして黒川がバスルームから戻ってくると
「バスタブからお湯溢れてたわ……」
「だろうな」
おかしくて笑っている俺の目の前にズイと手を差し出し
「一緒に入ろうよ先輩」
ニカリと笑って言う奴に俺は
「イヤ~……別でお願いします」
ペコリと頭を下げた俺に、途端に拗ねるような顔付きになった奴は俺の手首を掴んで
「前に今度は一緒に入るって言った。それに……もう一回やり直しさせてよ」
「やり直し?」
「そ、女装じゃなくて素の俺で先輩の事抱きたい」
「………ッ」
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