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第四章 すれ違う心 中毒

 試しに、一緒に寝るのをやめてみた。持ち帰りの仕事があって忙しいと嘘まで吐いて。かなり遅い時間になってから寝室を覗くと、千紘は起きて俺を待っていた。   「さつきぃ……? 仕事、終わったぁ?」 「ああ……」 「そっかぁ、おつかれ~。早く来いよぉ」 「……今、行くから」    どうしてまだ起きてるんだ、一人で勝手に寝ていろ、と声を荒げるつもりだったのに、俺の喉は腑抜けた声を出すばかり。   「オレぇ、颯希と一緒じゃねーと眠れなくなっちまったかも。ガキみてーだよな」 「……ガキだろ、お前は」 「はァ~? バカにしやがってェ。オレぁもう大人だぜ?」 「……ガキだよ」    そうだ、ガキだ。ガキには手を出さない。俺は変態じゃない。   「なぁ~……」    千紘の声に期待が滲む。   「チューは……?」 「……」    ガキには手を出さない。俺は変態じゃない。そのはずなのに、俺はそのガキとキスをしている。己の矛盾に頭が痛くなる。しかし、抗えなかった。いつもいつも。千紘の甘ったるい声に、期待の眼差しに、俺は毎晩屈していた。   「んぁ……は、ぅ……ま、ってぇ……」 「鼻で息するんだ。教えただろ」 「ん、ン、わぁってる、けどぉ……くるし……」    キスの海に溺れ、身を捩じらせて必死に酸素を吸い込む千紘を前に、俺の保護者としての仮面は粉々に砕け散る。冷静さを装うことすらできなくなる。   「口開けて、舌出してみろ」 「んぁ……?」    俺の命令に、千紘は素直に従う。果実のように赤く熟れた舌が、べっ、と目の前に突き出される。自分で仕向けたことなのに、その光景にくらくらした。    かわいい舌に己の舌を絡めて吸って、それだけで千紘はビクビクと体を跳ねさせる。キスだけでイク敏感な体。元からそうなのか、俺のせいでそうなったのか。どちらにしても悪い気分じゃない。   「ふぁ、はぁっ、まっへ、いま……」    呂律の回らない舌を絡め取り、息を吸う暇さえ与えずに、俺は舌を捻じ込んだ。小さな口を覆い尽くし、呼吸を奪い、唾液を混ぜ合わせて。   「ぅ、んン゛ッ――」    イッた拍子に舌を噛まれたが、その痛みさえ甘美なものだった。己の血と千紘の唾液とを併せて飲み干す。   「っあ、もぉや、やら……ち、ちんちん、さわってよぉ……」    千紘は、涙と涎で顔面をぐしゃぐしゃにし、腰を揺らして俺の太腿に擦り付ける。その行為自体は咎めず、俺は千紘の耳を塞いでキスをする。   「ンぅ゛~~……♡」    たっぷり濡れた女陰のような口内に舌を突き刺して、唾液を掻き混ぜるキスをする。ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅとわざと水音を響かせて、聴覚を犯すキスをする。   「や、ぁふ、やら……ちんち、さわっ……あ゛っっ――!」    ビクン、ビクン、と余韻で痙攣する。下着の中は大洪水だろう。かく言う俺も、余裕ぶってはいるが限界だった。前が張り詰め過ぎて痛い。こんな風になったのは、初めて女の子とキスした時以来か。それこそ、今の千紘と変わらないくらいの年齢だった。   「っ、き……さつき、ぃ……さわっ、さ、わって……さわってぇ……っ」    千紘は、全身を震わせて切なさを訴える。俺の手を握って、下腹部へ導こうとする。俺は、その手を逆に握り直して、布団の中へと仕舞った。千紘の火照った頬を両手で包むように撫で、張り付いた前髪を払って、おでこにキスをする。   「今日はもうおしまいだ」    千紘の瞳が絶望に揺れる。   「……んで……」 「千紘は、俺の言うことが聞けるいい子だよな?」 「あ、ぅ……」    こく、と首が縦に振られるのを見届け、俺は千紘の頭を撫でる。   「よし、いい子。おやすみ」 「ぅ、ん……」    解放を待ちわびる息子の声に蓋をして、俺は瞼を閉じる。眠れそうにないが、眠る努力をする。    千紘は、しばらく呆けたようにじっと動かないが、じきにすんすんと鼻をすすり始めて、こっそりとベッドを抜け出す。下着を替えているのだろう。      酷い男、酷い大人だという自覚はある。このところ行為がエスカレートしている自覚もある。ここまでしておいて何を今更保護者面しているんだ、とも思う。今更保護者面したところで、俺がこの子を搾取して、支配していることに変わりはないのに。    だけどやっぱり、この手で直接プライベートな部分を触るという行為は、これまでとは一線を画すものだと思っている。そちら側へ足を踏み入れることは、俺にはまだ許されていない。    これは、俺のつまらない意地であり、僅かに残ったプライドであり、自らに課した試練でもあるが、自分で決めたことくらい、最後まで貫き通したかった。    *    久しぶりに職場の飲み会に参加した。気分をすっきり晴らしたかった。小難しいことも厄介なことも面倒なことも、何もかも全部忘れたかった。   「すいません、生中もう一杯」 「お~、いい飲みっぷりだねぇ」    宴もたけなわ、美山先輩が隣に腰を下ろした。ビール片手に赤ら顔だ。   「先輩も、いい飲みっぷりですね」 「や~、アタシゃいつものことだかんね。颯希くんこそ珍しいじゃん。千紘くんの夕ご飯は? 作らなくていいの?」 「あー、それは……」    一番忘れたかったことを思い出させられて、俺は言い淀む。   「いいんですよ、たまには。外食でも出前でも好きなもん食べろって、小遣い渡してきたんで」 「そーなんだ? 今まで、そんな適当なことしてこなかったのに」 「……それに、米くらい炊けますし、あいつ。レトルト食品あっためて、丼ぶりにして食べたりとかも……」 「ふ~ん?」    何をべらべらとくだらないことを喋っているんだろう、俺は。こんなことを美山先輩に話したって意味がないのに。   「去年、うちへ来たばっかりの頃はね、普通の人間としての生活が全然身に付いてなかったんですよ。なのに、たった一年でこんなに……箸も使えるようになったし、字も上手になって……朝、俺のためにパンを焼いてくれたりするんですよ。子供の成長ってほんとに早くて、なんだか……」    なんだか、寂しい。千紘の成長は嬉しいのに、切ない。俺の手の届かないところで、俺の知らない姿に変身していくみたいで。    本当はもう、俺がいちいち世話を焼いてやる必要なんてないのかもしれない。千紘はもう十分大人で、近い将来広い世界へ羽ばたいていくのかもしれない。   「まぁ、子育てってそんなもんじゃない?」 「先輩、子供いたことないでしょ」 「ないけどさ! 聞いた話だと、そんなもんみたいよ? 赤ちゃんなんて、生まれて一年で歩き始めるわけだし」 「そうか……千紘も、一年で自分の足で歩き始めて……」 「いやいや、千紘くんは赤ちゃんじゃないからね? もぉ、今のはツッコんでほしかったのにぃ~」    千紘が十分に大人だとして、俺は千紘とどう向き合えばいいのだろう。対等な人間として、大人の付き合いをするべきなのだろうか。千紘を対等な存在として認めるのなら、鬱陶しい保護者の仮面なんて、投げ捨ててしまっても構わないのだろうか。    でも、もしそうなった時、俺があの子にしてやれることなんて、きっともう何もない。

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