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第五章 繋がる心 ただいま
久しぶりの風呂は極上の気持ちよさだった。シャワーの水圧やシャンプーの香りが懐かしい。湯船に浸かって見える景色も馴染みがある。帰ってきたと改めて実感した。
千紘は、初めてこの家に来た時のことを思い出した。バスタブの存在は知っていたけど、実際に湯を張ったところを見たことがなかったから、最初はすごく驚いた。こんなに大量の熱いお湯がどこから湧いてくるのか不思議だった。
今思えば本当に無知で馬鹿丸出しなのだが、颯希は千紘を嘲笑ったりしなかった。
千紘が風呂に飛び込んで水を跳ねさせ、颯希をずぶ濡れにしてしまっても、呆れてはいたけれど怒らなかった。それどころか、千紘を洗ってくれた。背中を流してくれた。髪を拭いてくれた。傷んでこんがらがった髪の毛一本一本を解すような、丁寧な手付きだった。
初めて会った時からずっと、颯希は千紘に優しかった。無知な千紘を馬鹿にせず、一から根気強く教えてくれた。いけないことをしたら叱ってくれるし、よくできたら褒めてくれた。
手を繋いでくれて、頭を撫でてくれた。毎日三食、栄養のあるおいしいものを作ってくれた。勉強を教えてくれて、学校に行かせてくれて、おかげで友達もできた。
千紘のくだらない冗談を聞いてくれて、何かあれば心配してくれて、危ないことからは守ってくれて、力いっぱい抱きしめてくれた。
今にして思えば、千紘は颯希に十分愛されていた。たっぷりの愛情を注がれていた。わざわざ確かめる必要もないくらい、それは明白なことだった。
しかし、心は目には見えないから、正しく理解するのは難しい。特に、千紘のような心身共に未発達な少年にとっては、尚更難しいことだった。
だけど、今なら分かる。人の心は行動に現れる。颯希は初めから千紘を大切にしてくれていたし、だからこそ、千紘は颯希を好きになったのだ。不安に思う必要なんて、そもそもなかったのかもしれない。
心地よさに意識が溶け出す中で、千紘はそんなことを考えていた。
*
タオルもパジャマも、嗅ぎ慣れた柔軟剤の匂いがした。使い慣れたドライヤーは手に馴染むし、洗面台の水垢さえも懐かしく感じた。歯は念入りに磨いた。
「颯希ぃ~?」
千紘が寝室へ行くと、颯希はベッドで本を読んでいた。それだけの姿が、堪らないほど心に響く。
「寝るか」
「ん」
「電気消してくれ」
オレンジ色の豆球が懐かしい。マットレスの弾力が懐かしい。枕の高さが懐かしい。染み付いた匂いも懐かしい。
今まで慣れ切っていて気付かなかったが、ベッドは颯希の匂いが濃い。家全体が颯希の匂いではあるけれど、ベッドは殊の外強かった。どんな匂いかというと難しいが、煙草とコーヒーが混ざったような匂いだ。
今まで意識したこともなかったのに、一旦気になってしまうとそのことしか考えられない。颯希の匂いってこんな風だったんだ。
これから先、喫茶店や喫煙所の前を通る度に、颯希のことを思い出してしまうのだろう。そんなことを思う自分が恥ずかしいような、嬉しいような。
「千紘」
「ひゃっ」
たった今頭に思い浮かべていた相手の声がすぐそばに聞こえて、千紘は体を強張らせた。
「そんなに緊張するな」
「はぁ!? き、キンチョー? 誰が!?」
「お前だよ」
「き、きき、キンチョーなんてよぉ、んなもん全然してねーぜ! いつでも来いって感じだしぃ!」
「そんなにガチガチじゃ、気持ちいいもんも気持ちよくねぇぞ」
「きっ……」
気持ちいいこと。颯希は今そう言った。これからしてくれるつもりなんだ。颯希のしてくれる気持ちいいことを想像するだけで、千紘は心臓が爆発しそうだった。
「ほら、リラックスしろ、リラックス」
「ぅ……ん」
幼い子をあやすように、颯希は千紘の頭を撫でた。落ち着かせるように、肩や腕を摩ってくれた。
「何も怖いことはしないから。お前が嫌なら、今日は何もしないよ」
「やだ。したい」
「そうか」
「うん。絶対、したい……」
「……」
ぎし、とベッドが軋む。その音にさえドキドキした。
そっと唇が重なった。子供が戯れでするような、触れるだけのキス。けれど、これが夜の始まりの合図だと、千紘は知っている。
唇はすぐに離れていって、しかしすぐにまた触れ合った。軽く押し付けるようなキスを、何度も何度も繰り返す。鼻で呼吸しろと颯希に教わったのに、千紘はいまだにうまくできない。唇の感覚に集中するあまり、呼吸をする余裕がない。
キスしながら、颯希が手を繋いでくれた。恋人同士がするような、指を絡める握り方だ。嬉しくて、千紘も握り返した。
空いた方の手で、颯希は千紘の髪を梳くように撫で、耳をくすぐり、頬を包んだ。颯希の手の温もりも、指の長さもしなやかさも、千紘の記憶の中のものよりずっと素晴らしいものだった。懐かしさで涙が零れそうになり、千紘は必死に我慢した。
ぺろ、と唇を舐められて、はち切れそうな期待感から千紘は口を開くが、舌はまだ入ってこない。ちゅっ、と軽やかな音を立てて、小鳥が啄むようなキスをされる。唇を食まれ、舐められて、それでもまだ焦らされる。
「な、なぁ……」
「まだだ。こういうのは、ゆっくりするからいいんだ」
「ン、……」
ちゅ、ちゅ、と短く何度も唇が重なる。千紘も真似をして、颯希の唇を啄んだ。うまくできているのか分からないけれど、唇だけで颯希の唇を味わってみる。
「ん、上手」
「にへへ」
褒められて嬉しくて、変な笑い声が漏れた。
キスしながら、颯希は手を滑らせて、千紘の体を撫でた。薄いシャツの上から、体の線をなぞるようなタッチで、胸やウエスト、腰回り、太腿などを、順番に撫でていく。そのじんわりとした気持ちよさと、中心に触れてもらえないもどかしさに、千紘は身を捩った。
「な、ぁ……もう、や……」
「いや? やめるか?」
「ちが、――」
胸を撫でられて、ピクッ、と体が跳ねた。千紘の意思でなく、体がひとりでに反応した。
「へ? あ……?」
「胸、気持ちいいか」
「……で、でもオレ、男……」
「男は乳首で感じちゃいけないのか?」
「ち、チクビってオマエ……言うなよ、そんなことぉ……」
見るからに性的なことに関心が薄そうな、真面目でお堅い雰囲気を纏った颯希が明け透けなことを言うと、聞いている千紘の方がなぜか恥ずかしくなる。
「つか、チクビとか、きもちいわけねーし。今のは、くすぐったかっただけだし」
「そうか」
「だっ、から、さわんなくていーってぇ……」
「くすぐったいだけなら触ってもいいだろ」
「あ、うぅ……」
服の上から乳首を捏ねられる。布と擦れるのがちょうどいい刺激になって、千紘のそこはみるみる尖っていった。これはくすぐったいだけ、と思い込もうとしても、体が勝手に快感を拾う。
「あっ、あ、なんでぇ……?」
「男も乳首でよくなれるんだよ」
「うそだぁ」
「なんで嘘言わなきゃいけないんだよ」
服を捲られ、固くなった尖端を直接撫でられた。快感が腰まで響く。自ずから腰が揺れる。
女のおっぱいは、そりゃあ魅力的だ。千紘は思う。丸い膨らみ、ふわふわぷにぷにの触り心地、そして魅惑の深い谷間。まさに神の作り給うた最高傑作という感じがする。
実際触ったことはないから全て想像ではあるが。実際触ったことがないのに想像だけで気持ちよくなれるくらいには、女の乳房は千紘にとって魅力の塊だった。
しかし、千紘の胸ときたら。丸くないし、ふわふわでもないし、谷間どころか揉む余地さえないほど真っ平らだ。そのなだらかな大平野に、小ぶりな乳首がちょんちょんとのっているだけ。こんなものを触っていて、颯希は何が楽しいのだろう。
「や、やっぱ、颯希もおっぱい好きなん?」
「嫌いなやついるか?」
「ホンモノおっぱい、触ったことあんだろ?」
「そりゃあるけどな」
「へ、へぇ~」
「別に、デカけりゃいいってもんじゃない。お前のだから触ってるだけだ。そりゃ、こんな小っちゃい乳首しかついてねぇけど、かわいいと思うよ」
「あっ……そ」
乳首を引っ掻かれて声が裏返った。男のくせに乳首を愛撫されて喜んでいることが、颯希にバレてしまったに違いない。恥ずかしい。恥ずかしいと余計気持ちいい。
いよいよ、颯希の手が千紘の下腹部に伸びる。へその下をくすぐり、衣服に手をかける。まずはズボンを脱がし、それから下着を……
「いいか?」
「う、うん……」
あまりの羞恥に、千紘は顔を覆った。これから、己の全てを包み隠さず颯希に曝け出すのだ。虎に睨まれた兎になった気分だ。
脱がされた衣類は、適当に畳まれてベッドの隅に置かれた。くしゃくしゃに丸めて床にぶん投げるのではないところが颯希の生真面目さを表しているようで、千紘は好感を抱いた。
「寒くないか」
「……むしろあつい」
いちいち気遣ってくれるのも嬉しい。まだベロを入れるキスもしていないのに、千紘は限界を迎えそうだった。
「触るぞ」
「ん……」
もじもじしていた脚を撫でられ、軽く開かされた。開いた脚の間に、颯希が入り込む。指の隙間から、千紘はじっと見ていた。颯希の手の行く先を。
期待だけではち切れんばかりに膨らんだ千紘の中心を、颯希の指先がそっと撫でる。颯希の指の温みよりも、快感という名の刺激を真っ先に感じた。千紘は、もう見ていられなくなって指を閉ざした。
「ちゃんと勃ってる。えらいな」
「ぅ~……」
褒められて嬉しくて、濡れてしまう。先走ったものがじんわりと滲み出す様が、感覚で分かる。
「もっとちゃんと触るからな」
「や、やさしく……やさしくして……」
「大丈夫。気持ちいいだけだ」
宥めるような口調とは裏腹に、一番敏感な亀頭をいきなり擦られた。先走り液を塗り込めるようなその愛撫に、千紘はあっさりと高められた。
直後は頭が真っ白で何も考えられなかった。放心状態のまま、しばらく快楽の余韻に浸っていた。
誰かの手によって高められるのは、こんなにも気持ちいいことだったのか。いや違う。他の誰でもない、颯希がしてくれるから気持ちいいんだ。でも、それにしたって衝撃が重すぎる。持久走の後みたいに疲れている。一回射精しただけなのに。
「……ごめ、おれ……」
気付けば、千紘は謝罪を口走っていた。何に謝っているのか、自分でもよく分からなかった。
「せっかく……のに……っちゃった……」
「いいよ。元々イかせるつもりだったから」
「そ、なの? で、でも、も、おわり……」
「何言ってんだ。これからが本番だろ」
「へぁ?」
膝裏を掴まれて、さらに脚を開かされる。赤ちゃんがオムツを替えてもらう時の恰好と似ている。これは少し、いや、かなり恥ずかしい恰好なのではないか。颯希相手だから我慢できるが、そうでなければ蹴り倒しているところだ。それほどの恥辱を感じる。
颯希はボトルを傾けて、とろとろした液体を垂らした。己の手に取り、千紘の尻に塗りたくる。何をされているのかまるで分からないが、とにかく恥ずかしいということだけは分かった。
「んっ……!?」
濡れそぼった細い何かが、千紘の中に入ってきた。見えないが、たぶん指だと思う。でも、なぜそんなものを突っ込まれているのか、千紘には分からなかった。ただただひたすらに恥ずかしい。恥辱に耐えるのも限界だった。
「やっ……やだっ」
千紘の微かな一声で、指はあっさりと抜けていった。
「悪い。痛かったか」
「……こ、こえーんだよ。なんもしゃべんねーし……」
颯希が黙っていたのは行為に集中していたためであるが、千紘には知る由もない。
「つーかよぉ……これ、なに? なにしてんの? ケツなんかいじって楽しいのかよぉ……」
「何ってお前……」
颯希は呆気に取られた様子で千紘を見つめる。切れ長の涼しげな眼が大きく見開かれて、颯希もこんな顔をするんだな、と千紘はどこか冷静に考えていた。
「ケツよりチンコいじってほしーなぁ。復活してきたし、まだイけんぜ? オレぁ若いしよ~」
「……今日はもう終わりだ」
「は!? なんでェ!?」
「何でもだ。もう十分だろ。一回出したんだから」
颯希は、溜め息を吐いて横になってしまった。
「う、ウソだろ!? 寝ンのかよ!」
「寝ねぇけど……とりあえず終わりだ」
「なんで……」
突然突き放すような態度をとる颯希に、千紘は不安になった。
何か気に障ることをしてしまっただろうか。やっぱり男の体には興奮しないとか? 呆れられた? 飽きられた? もしかして、今日を最後に捨てられるんじゃないだろうか。そんなの、絶対に嫌だ。
「……ご、ごめん、オレ……」
「怒ってるわけじゃない。そんな声出すな」
「だってオレ、えっちなこととか、ほんとはよく知んなくて……」
「知らなくていい。当たり前だ」
「で、でも、颯希がケツいじりてぇなら、いくらでもいじっていいからさ、だから……」
千紘は颯希に跨った。颯希はぎょっとした目で千紘を見上げる。
「だから……捨てないで……」
颯希の手を取り、さっき颯希がそうしていたように、尻の谷間に指を這わせる。
「さわって。すてないで。もういやなんて言わねぇから。何でもするからぁ……」
「っ、バカ……そんなこと、お前はしなくていいんだ」
颯希は勢いよく起き上がり、千紘の肩を抱いた。その弾みで、千紘の尻に何か硬いものが当たる。ちょうど谷間を擦られて、千紘は思わず声を漏らした。颯希も気まずそうに顔を顰める。
「……こ、これ……ちん……」
「言うなバカ」
「だっ、でも、すげー勃って……」
「……」
「さ、颯希のちんこ……」
「言うなっての!」
颯希は大きく溜め息を漏らす。
「まぁ、なんだ……。俺はお前に欲情してる。だから、捨てるとかはあり得ない。安心しろ」
「ほぇ」
「それと、知らないみたいだから教えてやる」
いきなり視界が回転した。あっという間に立場が入れ替わる。千紘は、再びベッドに背中を沈めていた。
「男同士のセックスは、尻を使うんだ」
「……は!?」
「俺のをお前の中に入れる。そのために準備してたんだ。俺にケツ弄る趣味があるわけじゃねぇから誤解すんな」
「……ハイ」
そんな方法があるなんて知らなかった。せいぜい抜き合う程度だと思っていた。女がいなきゃセックスは成立しないなんて、千紘の勝手な思い込みだった。
「……さ、さっき言ってた本番って、そゆこと?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあしよーぜ!」
「はぁ? お前、怖がってただろ」
「そりゃ、颯希がなんも言わねーからだろ。何すっかわかっちまえば、全然怖かないね。つか、別に怖がってねーし」
「……本当か?」
「おーよ」
「痛いとか苦しいとかあったらすぐやめるからな」
「だいじょーぶだって」
千紘は自ら脚を開いた。そうしないと颯希が来てくれないような気がした。男らしく颯希を迎え入れようとも思った。けれど、恐怖は薄れても羞恥心は消えそうになかった。
颯希は、ローションを足しながら千紘の尻を解す。粘着いた音が耳障りだった。いつまで経っても違和感しかない。指が入ってるなぁ、と感じるだけ。颯希が真剣なので千紘は何も言わなかったが、正直退屈していた。
「な~、もう入んじゃね?」
「初めてのくせに何が分かるんだよ」
「颯希はしたことあんのかよぉ、男同士のセックス」
「あるわけねぇだろ」
「だろ~? お互いわかんねーんだから、テキトーでいいじゃん」
「分かんねぇから慎重になるんだろうが。お前を傷付けたくないし」
「そっ……か」
嬉しくて胸がキュンとする。すると尻もキュンと締まる。心と体は繋がっているんだなぁ、と千紘は思う。
「お、今のよかったか?」
「なにが?」
「男のナカにも、女みたいによくなれる場所があるらしい。前立腺っていうらしいけど、見つからねぇな」
「……なぁ、そんなんどこで調べてきたわけ? 元々こーいうシュミじゃねーんだろ?」
「別に大したことじゃない。お前が、キスしたいとか何とかうるさかったからな。いざという時のために調べといたんだ」
「んだよぉ、それぇ……オレ、こんなん知んなかったぜ」
「そうらしいな。お前が知らないなら、俺も知らないままでもよかったんだが、今は、やり方調べといてよかったって思う」
「なンそれ。意味わかんね」
「何も知らないままだったら、お前とセックスできなかったろ」
「っ……」
それがつまりどういう意味か、分からない千紘ではない。求められて嬉しくて、また尻がキュンと締まった。
「ん、今のよかったか? さっきと違う場所だけど」
「し、知んねー……。なぁ、もーいいんじゃね? は、入るんじゃね……?」
「そうか? まぁ、確かに結構……」
指二本を使って、くぱくぱと穴を拡げられる。空気が触れてひんやりした。
颯希は服を脱いだ。シャツを脱ぎ捨て、ズボンを脱いで、下着に手をかける。颯希の裸を見るのは初めてじゃないはずなのに、千紘の目には新鮮なものとして映った。ベッドで見る颯希の体は意外なほど男らしくて、見ているだけでドキドキした。
颯希は、サイドテーブルからコンドームを取り、封を切る。ローションを纏っててらてら光る、どぎついピンク色をしたそれを、手早く装着する。一連の動作を千紘はじっと見ていたが、窘められた。
「あんまり見てんなよ」
「なんでぇ? だってさ、これからソレがオレん中入るんだな~って思ったらさ、ちゃんと見ときたいじゃん。どんなんが入ってくんのか気になっし。結構でけーけど、だいじょぶかな?」
「お前な……」
颯希は溜め息を吐いて眉間を揉む。
「てかそれ何味? イチゴ味? 味見していい?」
「ちょっと静かにしてろ」
「わっ」
膝裏を持たれ、思い切り股を開かされる。この恰好はやっぱり恥ずかしい。
「力むなよ」
「リキ?」
「力抜けってこと」
ちゅぷ、と大袈裟な水音を立てて、颯希のペニスが入口に触れた。ローションを塗り付けるように何度か擦られて、とうとう――
「いぃ゛ッ!?」
先端を埋められただけで、尻が裂けそうだった。もう裂けてるかもしれない。それくらい痛い。ローションで濡れていてよく分からないが、血が出ているかもしれない。
「いッ……ぎッ……!」
「悪い。痛いな」
「はっ、はァ~~ッ!? い、いてーとか、んなこと、あるわけねーし、ィ……」
「……抜く」
「あ!? ざけんな続けろ!」
「だって痛いんだろ。痛め付けて喜ぶ趣味はない」
「いっ……そりゃ、いっでェけど、でも抜いちゃヤダ!」
「わがまま言うな」
「ヤダったらヤダ! オレがいいっつってんだから挿れろよぉ!」
「だからって……」
「オレがしたいこと全部してくれるっつったもん! オレんこと愛してるっつった! だったら最後までしろ!」
「……」
颯希はひとしきり悩んだが、千紘の脚を抱え直した。
「一気に行くからな」
「おう、いいぜ。来いよ」
強がってみせた千紘だが、緊張のあまり息を呑む。
「ぅぐ――ッ」
めりめりめり、と内臓を引き裂かれた。熱い杭で全身を貫かれたようだった。挿入の衝撃で千紘は後方へ仰け反り、ガツン、と頭をヘッドボードにぶつけた。それがまた痛かった。上も下も、中も外も痛い。どこが痛いのかもよく分からなくなった。
「ぃぎッ、ぃ゛、ぐぞぉ、いでェ……っ」
「大丈夫か」
「ぅぅ……たんこぶできたかもぉ……」
千紘が泣きべそをかくと、颯希は頭を撫でてくれた。痛みが少し和らいだ。
しばらくは抱き合ったままじっとしていた。颯希は千紘のシャツを脱がした。お互い一糸纏わぬ姿になって、肌と肌とを触れ合わせた。
颯希の肌は温かくて、抱き合っていると熱くて、汗が滲むようだったけれど、それがなぜか気持ちよくて、千紘はうっとりと目を瞑った。たとえ今世界が終わっても悔いはない。
「さつきぃ……」
「どうした。まだ痛むか?」
「んーん、ちがくてぇ……」
颯希は、汗で張り付いた千紘の髪を優しく払ってくれる。指先が額を掠める、その感触さえ愛おしい。
「……好き」
無意識に甘えた声が漏れた。一度口に出してしまったら最後、止め処なく気持ちが溢れる。
「おれさ、ずっと昔から、颯希とこうなりたかった気がする。颯希にこうされんの、ずうっと待ってたんだ。だから、今すんげー幸せ」
千紘は、颯希の腰に両脚を絡め、全身で抱きついた。
「幸せって、あったけーな。あったかくって、きもちよくって、颯希んこと、前からずっと好きだったのに、前よりもっと好きんなった」
「……そうか」
「颯希は? あったかい? きもちー? えっちがこんなに幸せなんて、おれ初めて知ったよ。颯希は知ってたん?」
「……そう、だな……」
颯希はおもむろに腰を引いた。内臓を引きずり出される感覚がして、千紘は小さく悲鳴を上げた。
「ゃ、なっ……」
急に何をするんだと問う余裕もなく、今度は奥へと押し込まれる。お腹の深いところを抉られる感覚がして、千紘はまたも悲鳴を上げた。
「ひぁっ、待っ」
「俺も、こんなに幸せなのは初めてだよ。あったかくて気持ちよくて、お前がかわいくてたまんねぇ」
「そっ、そーなの? さ、さつきも、はじめて……?」
「ああ。だからもう止まれねぇかも」
「ひゃ、あっ、んンっ」
押し込まれたものが抜けていき、抜けていったものが再度押し込まれる。繰り返し繰り返し、熱杭を打ち込まれているみたいだ。温かいどころの騒ぎではない。体の芯から熱くて堪らない。肉が焼け爛れ、皮膚まで焦がされてしまいそうだった。
「んゃっ、あっ、ふぁ、あぁっ」
「悪い、苦しいか」
「ちがっ、あ、わかんねっ、けどぉ……ぅ、うれしい? うれし、からぁ、もっときてっ、突いてぇっ」
「煽るなバカ、優しくできねぇだろ」
「あっ、あ? ごめ、なさい、ごめん、なさ、ぁ」
「だからそういうところが……」
颯希は舌打ちをして、千紘の口を塞いだ。待ちに待ち焦がれた、ベロを入れる濃厚なキス。呼吸を奪うような激しいキス。口の中をほじくり返され、舌を引きずり出され、唾液ごと吸い尽くされて、苦しいのに気持ちよくて、嬉しくて、幸せで、千紘は声も出せずに果てた。
後ろをきつく締め付けてしまい、薄いゴム越しに颯希の熱をはっきりと感じた。ドクンドクンと脈打っている。びゅくびゅくと精を吐き出している。颯希の生命に直に触れ、それでまたイキそうになる。
「ンぅ、ぁ……すき、すきぃ、さつきぃ……」
「俺も……愛してるよ、千紘」
「ぅへ、へへ、うぇへへ……」
「笑うなよ」
「えへぇ、だってぇ、うれしくてぇ……」
颯希の首筋に手を回して抱き寄せると、ちゅ、と軽く口づけられた。
「んふ、ぅふふ……ちゅー、もっとしてぇ? ちゅー好きぃ」
「俺とどっちが好きだ」
「さつきとするちゅーが好きなの」
小鳥が啄むようなキスから、徐々に深く。唇を舐め、舌を絡める。颯希の唾液を飲む度に後ろが締まり、全身で颯希を感じられて嬉しい。快楽の浅瀬に揺蕩って、千紘はいつしか微睡みに落ちていた。
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