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第9話

「みーちゃんっ」 「なぁに?」 「ちょっと、きてほしい」 晩ご飯のハンバーグを捏ねる母親は「待ってね」と声をかけると、手を洗う。 挽肉の脂でベトベトの手は中々スッキリしない。 2度洗いは必要だ。 「そうだ。 手を洗ってる間、なにかお歌かダンスみたいな。 保育園でなに歌ってるの?」 だからか、母はそう言った。 「どんぐりころころ、どんぶらこぉ」 「ふふっ」 「おいけにはまって、さぁたいへん」 お遊戯で教えてもらった歌を歌えば、母は笑う。 優登が生まれる前だろうか。 父も母も両親を一人占めしていた。 「かあ、さん…」 「悪りぃ、母さんじゃねぇよ」 ぼんやりした意識を戻すと、目の前には恋人。 そして、恋人の部屋だと気が付いた。 「あっ、寝惚けてました…」 「いや、珍しいもんが見れて嬉しいよ。 親御さんの夢みてたのか?」 「はい…。 弟…次男が生まれる前くらいの夢です。 今の末っ子くらいかな。 特になにかあったとかじゃなくて、当時に戻ったみたいなそういう…」 大きな手が頬をゆっくりと撫でる。 「寂しいか?」 「どうなんでしょう…。 元々2回生か3回生で1人暮らしするつもりで、結局4年間お世話になりっぱなして…。 安心させたいっていうと変なんですけど、自立してちゃんと生活出来るようになれたって見せたいと言いますか、そういう気持ちはあります」 だけど、これは長男としての気持ちなのだろうか。 だからあんな幼い頃の夢をみたのか。 「親なんて、子供がどんなに大人になろうと永遠に親だと思うぞ。 俺だって、この歳だけど心配されてるしな。 だから、甘えたから甘えたら良いと思う。 甘えられると嬉しいしな」 長岡の言葉を噛む。 噛んで、砕いて、飲み込んで。 「明日は、沢山甘えてこい」 「はい」

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