67 / 67

第67話

「先生、今お時間大丈夫ですか? 大丈夫でしたら、確認してもらっても良いですか。 自己紹介のプリント作ってみたんですけど…」 「大丈夫ですよ」 スラッとした指が1枚の紙を受け取る。 「うん…良いですね。 こっちの漢字で自己紹介しますか?」 「はい。 学生の時は簡単な方でしたけど、こっちが本当ですから」 三條遙登。 旧字体でもやっぱり良い名前だ。 学生の時は簡単にとのことだったらしいが、学校提出の正式な書類で知っていた。 きちんとしているのに、その伸びのびとした雄大さはそのまま。 おおらかで真面目で、まっすぐな三条らしい。 と、言っても三条遥登のやわらかさも好きだ。 どちらも似合うのが、三条の名前のすごいところだと思う。 「良いですね。 好きな本はこれで良いんですか」 「え? はい…。 名前、打ち間違えてますか?」 「いえ。 谷崎潤一郎とか」 目の前の顔が一瞬だけ渋くなる。 きゅっと上がった口端も僅かに硬くなるのが見て分かる。 「その反応して好きじゃないのが不思議ですよ。 なんてのは冗談で、この前貸した本すごく気に入ってたからそれかなって思いました」 「あ、面白かったですよね。 飽きないと言いますか、先生が人間失格読んでるのと同じ感覚です」 人間失格…。 確かに時々読んではいるが、そんなに読んでいるだろうか。 いや、積ん読に手をつけずに人間失格を読んでいる自覚はある。 ただ、積ん読はいつでも自分好みの本が読める画期的システムであって…。 目の前で三条はにこにこしている。 「印刷してきますか」 「はい。 なにか印刷室に用事があれば一緒に済ませてきます」 「いや、今のところは大丈夫です。 あ、レターボックス見てきてもらえますか。 プリントが入ってたら持ってきてくれたら助かります」 「はい。 分かりました。 では、行ってきます」 たった数日でどんどん大人びていくからますます目が離せない。

ともだちにシェアしよう!