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05.旧知

 無事にハーファの依頼完了を見届け、今度は港町へ足を向けた。  交易の拠点であり商工ギルドの影響が強い港は、規模によってバラつきはあるが交易品や職人の類いが集まる。各地の情報も集まりやすく、どの地方に行くかの指針も得られるだろう。  討伐依頼なら魔物が多く発生している場所へ。採集依頼なら道具をここで調達さてから向かうのが無難だ。  住人と冒険者で賑わう市場を歩きながら、リレイはハーファの待つギルド所管の酒場へ向かっていた。 「工房も見つけたし、この街で正解だったな」  手にした腕輪は先のダンジョンで見つけた鉱石を使って作ったもの。魔力を多く浴びた特殊な銀の一種だったのだが、これを加工できる者がダンジョン近くの街には居なかった。産業が廃れてしまうと職人も居なくなってしまうものだ。  比較的大きなこの港ならと話を聞いて来たが大正解だった。思ったより精錬の技術が高く、出来上がった腕輪はしっかりとした作りで美しい。  後は座標を記録する魔術を刻むだけだ。思い描いていた完成が近付いて心なしか浮かれながら、人の波を抜けて歩いていった。  酒場のドアを開けると、真っ昼間だというのに多くの冒険者が酒盛りをしている。  テーブルには袋に詰められた金貨に、乱雑に積み上げられた魔物由来の素材。大規模な討伐依頼があったらしい。  楽しそうに酒を飲む彼らを横目に、情報収集を頼んでおいたハーファを探して少し奥のカウンターを覗く。人付き合いは上手くないと本人は言っていたが、初対面の人間と軽い話をするのは上手い。依頼を片付けにカウンターにやって来た奴を捕まえている事が多いが―― 「……え?」  ハーファは、居た。  知らない男と肩を組んで楽しそうに馬鹿笑いをしながら。パーティを組んで半年近くになるが、リレイはあんな顔を見たことがない。    ……誰だ。  ひやりとした何かがリレイの心に染みだしてくる。  そいつは、誰だ。   「あ、リレイ!」  一気に靄がかかったリレイの内心に気付くことなく、ハーファは楽しそうな顔のまま話しかけてくる。  組んだパーティとは上手くいかなかったと言っていたはずなのに。  軽装に銀のような材質のブレストプレートをまとう男は冒険者にしては格好が小綺麗だが、どう頑張って見ても一般市民ではない。かつての仲間だった男なんだろうか。 「なあ、コイツと近くの遺跡に潜りたいんだ」  ああ成程、とリレイの心が冷えていった。  声をかけられていた訳か。共にダンジョンを攻略しようと盛り上がっていたのか。俺の居ない場所で、肩を組んで、楽しそうに。    ……出発は明日にさせられるだろうか。  それなら腕輪の加工も夜通しやれば間に合うだろう。座標以外にも記録魔術をありったけ刻み付けてやる。 「分かった。行ってくるといい」  暗い気分を笑顔で取り繕いながら頷くリレイに、ハーファはきょとんとした顔をする。 「何言ってんだよ、リレイも一緒に決まってんだろ」  勘弁してくれとリレイは心の中で頭を抱えた。お前は来るなと言われたらそれはそれで荒れるのだが、親しげにしている所に割って入れと言われても困る。  ハーファと笑い合っている顔を吹っ飛ばしてやろうかと瞬間的に思ったくらいなのだ。今のリレイは相棒を横取りされるのではないかと気が気でない。そして恐らく下らない憶測であろう事は理解している。  それでも、旧知らしい男に懐く姿を見せつけられたりしたら……ダンジョンに生きたまま埋めてしまうかもしれない。最近の己は迂闊だと自覚があるだけに、リレイは自分の衝動的な行動を恐れていた。 「知り合いなんだろう? 邪魔をしては悪い」    行かせたくない……けれど行きたくない。    リレイの中で分裂した欲求が殴り合いを始めて身動きが取れなくなってしまった。引きつる笑顔を何とか保とうと必死になって立っている。  我ながら滑稽すぎるなとリレイは苦笑するしか術がなかった。 「アイツが探してんのは魔術師なんだ。リレイが居ないと意味がない」 「ハーファ、仲間にそんな無理強いダメだ。俺は他探すから……」  そうだ、他所を当たれ。他のパーティに行け。それで丸く収まるんだから。  言い募ってくるハーファを男が止める様子を眺めがら、少々卑怯だが面倒事が去っていくまで沈黙を通すことにした。  なのに。   「馬鹿言え! 他探したってリレイより凄い魔術師なんか居ねぇよ!!」    ハーファの大声に、ぴしっとその場の空気が凍りついた。  褒められるのは嬉しい……嬉しいけれど、今じゃない。ついでにここじゃない。  これにはさすがのリレイも背中を冷や汗が伝っていった。ちくちくと突き刺すような視線が四方八方から飛んでくる。主に……酒盛りをしていた脳筋そうなパーティの魔術師から。 「……ハーファ……声がデカすぎる……」  この場に居るのは得策ではない……今何人か杖を握った気配がする。  考える暇もなく謎の男からの依頼を受諾し、一目散に酒場から逃走した。     町外れの広場にかけこんで、ほっと溜め息を吐いた。誰も追って来てはいないいようだ。 「全く……酒場のど真ん中であんな事叫ぶ奴があるか」  ベンチに腰を下ろせばハーファもその隣に腰掛ける。ついでにべしっとハーファの頭を軽くはたくと、むすっとむくれた顔がリレイを見た。 「だって、本当の事なんだ。リレイが一番魔力強かった。討伐パーティの奴らよりずっと」  真っ直ぐに突き抜けてくる言葉と視線がリレイの心の奥をくすぐる。  訓練のお陰で閉じられるようになった【眼】を、わざわざ開いたのだろうか。あの酒場に居た魔術師達を値踏みして、リレイの方が上だからと旧知の男に売り込んでいたのだろうか。  ……くすぐったい。物凄く。  現金な心はあっという間に靄を薄れさせていく。くすぐったさを誤魔化すようにハーファの頭を撫でてやると、甘えるように姿勢を傾けてきた。 「気持ちは嬉しいが、魔力だけが魔術師の強さじゃないんだ。あそこの魔術師は他人を活かす術を心得ている」  意味が分からないと言わんばかりに、きょとんとした顔でハーファはリレイの顔を覗き込む。  パーティを組むなら他者をサポートする魔術のみならず、仲間を傷付けない攻撃魔術が必要になる。魔力にものを言わせて誰も彼もを傷付ける術しか扱えない魔術師など役に立たない。  実際にハーファを傷付けないように術を放つようになってから、リレイは散々見下してきた三馬鹿パーティの魔術師に対しての考えを改めていた。己だけを守るのと、仲間を含めて守るのでは強い術ほど難易度が桁違いに違う。 「長いことソロで居た魔術師にはおいそれと習得できないんだよ、あいつらの魔術は」 「でも……それでもリレイが一番だと思う」  リレイに魔術当てられたことなんか無いし、と真面目な顔で言うハーファ。  それはそうだろう。  必死になって当てないように出力を調節しているのだから。お陰で術の威力がソロで放つ時よりもかなり減衰してしまっている。それでも戦力を補えるのだ。パーティで居ると。  ハーファと話していると、さっきまで抱いていた靄が一気に吹き飛ばされていく。  褒め殺しのような言葉を何でもなく言う思考回路は一体どうなっているんだと思うけれど。 「でも、受けてくれてよかった。神殿の仕事だから敬遠されてたらしくて」  ハーファの言葉に、ぴたりと時間が固まる。   「は? 神殿?」  何の話だ。  神殿なんて言葉、1回も出てなかっただろ。

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