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06. 彼の事情

 何も言えずに固まっていると、いつの間にか姿を消していた男が飲み物を3つ抱えて帰ってきた。  しかしリレイの微妙な顔に気付いたのか少し困惑した様子で立ち止まる。 「あれ、言ってなかったっけ。コイツはイチェスト。神官兵してた時の同期」  急に指をさされて注目が自分に向いた男――イチェストは数歩後ずさった。 「相変わらずいきなり来るな!? あ、えと、グレイズ教団第四守護部隊所属、イチェスト・スフェイです」  戸惑いながらも所属からフルで名乗ったイチェストは、飲み物を持ったまま礼儀正しく深い礼をした。  とてもハーファと同期だったとは思えない……というより、ハーファが神官兵らしい所作をしている所が思い浮かべられなかった。    イチェストから受け取った飲み物の中身は、何種類かフルーツの入った果実水。全力で走ったせいか普通の水よりも美味しく感じて飲みやすい。思わず半分ほど飲み干した後、中断していた話を再開した。 「ええと……俺は魔術師のリレイだ。しかし何故神殿の人間がギルドに依頼を?」 「神殿所管のダンジョン深層に潜るには魔術師が必要なのですが、連れてきた光色(こうしき)の神官兵が近くの戦闘応援に駆り出されてしまって」  光色……確か神殿の魔術師にあたる職業だったか、とリレイは記憶を辿る。  神官兵は職業や階級に独特な名付けをしている事があるのでややこしい。分かりやすい時はこれでもかというほどに直球で分かりやすい時もあるのだが。 「お前は呼ばれなかったのか?」  ブレストプレートとはいえしっかりした鎧の類いを着けているのなら前衛の戦闘員だろう。頭数が必要なのは負傷リスクの高い前衛の職業。魔術師が呼ばれて、前衛だけが取り残されるのも妙な話だ。 「うっ。要塞防衛なので、盾の神官兵は駐屯部隊で手が足りていると言われてしまい……」  しょぼくれるイチェスト。その様子を見て、なるほどとリレイは頷いた。    盾はその名の通り、味方を守るための守護職である。冒険者では守備の厚い戦士が囮をして盾役をする事が多いが、神官兵は聖典魔法という魔術に近い術も使って味方を守ると聞く。その分前衛ではあるが攻撃能力が低い反面、打たれ強いのだとか。  要塞には防衛機能もあるというし、守るための術に特化した盾の神官兵は効率良く立ち回れるだろう。確かに防衛戦なら数だけ居ても、攻撃力の低い彼らが待機場所を圧迫するのは想像に難くない。 「侵入者の情報もあるので放っておけなくて、意を決してギルドに来たんですけど」 「祝勝杯だーっていきなり樽酒ぶっかけられてた」  ああ、あの状況なら簡単にその光景が想像できる……赤みの混じる茶の髪と瞳は色こそ派手だが、礼儀正しさのせいで新人にも見える。爽やかで嫌味のない外見はあの酔っ払いどもに絡まれやすそうだ。 「あれはキツかった……神殿だと行事の時しか飲まないんで……」  酒は強くないんですよと、イチェストは苦笑した。 「ハーファが冒険者から渡された酒を代わりに飲んでとりなしてくれて、魔術師探してるって話したら相棒なら間違いないって言い始めて」  苦笑しながら、どこか気遣わしげな目が向けられる。話の流れと同情するような視線に、何となくその意味を察して少し顔が熱くなってきた。 「……まさか」 「いかに貴方が凄いかって話を延々と……」    いや、さすがにそれは恥ずかしい。  本人の居ない所で何をしているんだ俺の相棒殿は……!    褒め殺しが得意なハーファのことだ。たぶん若干大袈裟に言っただろ。  そんな抗議も込めて、じとっとハーファを見る。すると焦った様子で首と両手をぶんぶんと振り始めた。 「し、してない! そんなのしてないから!!」  ……いや、してるなその顔は……。  今までの経験上、してないなら「は? 何言ってんだ?」と言わんばかりの顔になるはずだ。それが今は慌てて違う違うと否定している。やってましたと言っているようなもんだ。 「…………すまない、色々と」  酒をぶっかけられた上に知らない人間の褒め殺し評価を延々と聞かされた訳だ。これで断られていたら時間の無駄にも程がある。 「いえ……あいつ大体急に走り出すんで……」  慣れてますと小さく呟くその目は、どこか遠い所を見ていた。  こほんと咳払いをしたイチェストは、ちらっとハーファを見る。 「こいつすぐ暴走するし、能力の調節上手くないじゃないですか。神殿でもまぁ色々とやらかしては怒られてて」  当然昔の話も知っているだろうと言わんばかりの話しぶりに、少しいらっとした。けれど言っている光景は簡単に想像できる。  実際を知らないけれど……物凄く簡単に。 「おいコラやめろ! 余計な事言うな!!」 「急に神官兵やめて心配してたんですけど、ちゃんと生きててよかった」  そう言ってへらっと笑うイチェストは、顔を真っ赤にして割って入ろうと掴みかかったハーファを抑え込んでいた。  的確に関節を絞めて動きを止めている……容赦がない。  結局探索は明日にしようという話になり、夕食を取って宿へ向かう。  一応イチェストも宿へ誘ってはみたが教会で世話になる話になっているという事だったので、明日落ち合う約束をして分かれた。 「イチェストの依頼なんか受けんじゃなかった」  酒場でのはしゃぎっぷりはどこへやら、むすっとした顔でハーファが呟く。 「お前が受けたいと言ったんだろう? いいじゃないか、気の置けない仲間で」 「リレイが乗り気なのおかしいだろ! 最初渋い顔してたくせに!」  そんな事もあったなとリレイは少し視線をそらす。  共に取った食事を経て、ハーファとリレイのイチェストへの態度はすっかり反転していた。 「なにせ面白い話が向こう一年分くらい聞けたからな」  昔話と称して神殿でのやらかしを散々ぶちまけられたハーファは、すっかり拗ねてむくれている。それとは反対に、本人からは到底知る機会もなかったであろう話をごまんと聞いたリレイはすっかり上機嫌だ。  可愛いやらかしから、その場にいたらドン引きしていたであろうやらかしまで、酒のつまみに本当に面白い話を聞いた。話が進む度にわぁわぁと喚くハーファのリアクションもその真実味を後押ししてくるので真っ赤な嘘ではなさそうだ。    ……少し酒が入っていたとはいえ、ハーファの不機嫌を気にすることなく爆笑していたイチェストは本当に仲が良いのだろう。普通なら多少は気遣うだろうに、全く容赦がなかった。 「あんな話さっさと忘れろ!」  きーきーと喚くハーファは、今までで一番小動物らしい気がする。 「一番の上官相手にお前が何で一番上なんだって問い詰めて、説教代わりに一発KOされたんだったか」 「忘れてくれよぉーっ!!」  まとわりついてくるハーファがあまりにも情けない顔だったせいで、リレイは我慢できずに大声で笑ってしまった。  

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