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07.遺跡を往く
翌日。
イチェストと合流したリレイとハーファは、高い防護壁と門で厳重に囲われている遺跡の入り口へと辿り着いた。街中から遠目に見えていた壁のようなものは遺跡の防護壁だったらしい。
イチェストが何かの書面を警備らしき兵に見せると、ちらっと冒険者二人を見てイチェストに頷いた。ゆっくりと門を塞ぐように傾けられた槍が天へ向いて門扉が開いていく。
――ミラウェルト遺跡。
この世界と同じ名前が付けられた、グレイズ教最古とされる神殿。ダンジョンとなった今も厳重に護られ、神官による定期的な手入れが施されている聖地だ。
「激しく今更だが……ここに部外者を入れていいのか?」
入り口から浮かんでいた疑問を、リレイはそっと口にした。厳重な警備をする程の場所に一介の冒険者を招き入れるというのは……信徒としてはどうなんだろう。根無し草の冒険者であるリレイに信仰心というものは欠片もないため、単に信徒は嫌がりそうだというイメージでしかないが。
「致し方ありません。侵入者の噂の方が気になります」
「なら昨日入っておくべきだったんじゃないか?」
侵入者の事を気にしている様子だったので何気なく言ったものの、突いてはいけない所を突いたらしい。イチェストが黙り込んでしまってしーんと沈黙が下りた。
「……申請を……」
「うん?」
か細い声が聞こえる。
「申請を……してなくて……探索許可は最短が翌日なんです」
心なしか背を丸めてぽそぽそと呟きながら振り向いたその顔は、恥ずかしげに視線をふらふらと泳がせていた。
なるほど、昨日ようやくその申請とやらを出した訳か。調査に入るつもりだというのに。
「……さすがハーファの同期だな」
イチェストは卒がなさそうな印象だったけれど、結局のところは少し抜けている似た者同士のようだ。
「何だよそれ!?」
「ううっ、俺は違うんですっ……魔術師探しに必死で……!」
「おい! どういう意味だよイチェスト!」
真剣なのか煽っているのか、イチェストの言葉に反応したハーファが勢いよく噛みついていく。ぎゃあぎゃあとやかましい二人を眺めながら、リレイは普通のダンジョンではなくてよかったと胸を撫で下ろした。
これだけ大声で騒いでいたら、音が響く屋内ダンジョンなら魔物に取り囲まれている。本当にただの探索で済むのは神殿さまさまだ。
ひたすら地下へ下りていくこと――10層分。
戦闘もなく広いフロアをくまなく歩くだけなので流石に気が滅入ってきた。何か面白い装置でもあればと思うが、盗掘対策なのか台座はあってもモノは置かれておらず味気がない。
「ここがお願いしたい所です。この装置は魔術師にしか反応しなくて」
ようやく辿り着いた巨大な両開き扉の前には、糸車のような形をした一対の装置が置かれていた。
手で動かそうとしてもびくともしない車輪らしきものが組まれた台の部分には、細長い透明な石が組み込まれた針のようなものが扉の外枠に向けて据え付けられている。
その装置2つの間には明らかに何かが浮かんできそうな円形の床石。促されるままそこに立って魔力を流すとお約束に魔方陣が浮かび上がった。
「ん、よし。……へえ、面白い術式組んでるな」
魔方陣に流した魔力は、床の飾りを伝って2つの装置に流れていく。ゆっくりと車輪が動き出すと、針のような部分と扉を繋ぐ糸のような魔力の流れが見えてくるようになった。
その糸が扉を引っ張って開ける仕組みのようだ。古風でまどろっこしいが、扉を開くほどの糸を作り出す装置というのは中々珍しい。縄にでもすればいいのにあくまでも張り巡らされた糸なのは、糸車の出る童話にでもなぞらえているのかもしれない。
「あっ! 聖地の装置を解析しようとしないで下さいっっ!」
魔力適性が高いのか、魔力を辿っていっているのに気付いたイチェストが装置を遮るように視界へ割って入ってくる。魔力を辿れないように微弱な支援系の術を纏って邪魔をしてくるのが鬱陶しい。
「仕組みが分かった方が修理もしやすいぞ?」
「ご安心ください、設計図は大神殿にあります」
ああ言えばこう言う。わざとらしい笑顔でにっこりと笑うイチェストに、思わず舌打ちをした。
仕方なしに装置を動かす事に集中すると、ふと視線を感じてその方向を見る。表情もなく、じっとリレイ達を見つめているハーファの姿があった。
「さっきから静かだが……どうかしたのか、ハーファ」
リレイが声をかけると、ハーファはハッと我に返ってぎこちない笑顔を浮かべる。
「あ……何でもない。やることなくて」
「それが一番だろ! 何もなければ報告書も薄いし、その分のんびりリフレッシュできるし、楽々で出張完了できる!」
おどけるようなイチェストの言葉にハーファは笑う。けれどリレイは違和感を感じたまま、しばらくその様子を見つめていた。
「……ん? ここは先に誰か入ったか?」
ふと装置に残る痕跡に気付いて首を傾げる。糸を作るため一時的に魔力を貯めているであろう、透明な石。そこに残っていたものと混ざったのか、作り出された糸に自分と少し似てはいるが違う魔力の気配がする。
「いえ、ここ1週間は俺たちだけのはずです」
「誰か一度開けてるぞ。それもついさっき」
「えっ」
イチェストの顔がビキッと引きつった。
なるほど、許可制だとこういう事態の情報が得られるのかとリレイは感心する。正規の手続きを踏まずに装置を動かした者がいるのだ。
見る限り装置の石は魔力を溜め込む性質のある魔法石ではない。一時的な入れ物に魔力が残るほど起動させたタイミングが近いということは……そう遠くまでは行っていない。
「これは早々に合間見えそうだな」
「嘘だろ……あぁー……報告書が面倒なことに……」
描いていた楽々出張の野望が途絶えたらしいイチェストは頭を抱えてしゃがみ込む。その姿を嘲笑うような音を響かせて、閉じられていた扉が動き出した。
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