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第7話 葛藤
オメガには数ヶ月に一度、発情期がくる。
期間は五日から一週間。
その間、オメガはセックスしたくてたまらなくなりアルファを誘うフェロモンをダダ漏れさせてしまう。
抑制剤を飲めばある程度は抑えられるし、匂いも出なくなるらしいがそれでも最初の二日くらいは薬が効かないことがあるらしい。
俺はアルファでありながらオメガの性質をもって生まれてしまった。
二十歳過ぎて初めて発情期が来てしまい、居合わせた名前も知らないアルファと寝てしまった。
そのアルファ、神宮寺という男に俺は今、後ろから抱きしめられている。
俺はアルファとして生きたかった。
発情期さえ来なければ、俺はアルファとして生きられるはずだったんだ。
なのに俺は、発情期が来てしまいアルファと寝てしまった。
どうするんだよ、この状況。
「チャンスって……」
神宮寺さんは俺にチャンスが欲しいと言った。
でも俺はその言葉に何も返せない。
だってそれは、俺にオメガとして生きろってことになる。
そんなの簡単に受け入れられる訳がない。でも俺はアルファだから、オメガが欲しい、って気持ちもよくわかる。
だからこそ揺らいでいた。
俺は俯き、声を絞り出す。
「俺は……アルファ、なんだ」
俺はアルファとして生きたい……だろうか。
でも答えなんて出せない。
だって、神宮寺さんの気持ちは痛いほどわかるから。
でもだからと言ってアルファである事を捨ててオメガとして生きろと言われ、それを簡単に受け入れられるかよ。
そんなの無理だ。
俺は身をよじり、神宮寺さんの腕から逃げそして、彼を振り返って言った。
「まだ俺、どうしたいかなんて考えられないから……すみません」
そして深く頭を下げる。
今はこうするしかできない。
神宮寺さんの、チャンスが欲しい、という申し出を受け入れられないし、だからといって完全に拒絶することもできないから曖昧なことしか言えなかった。
神宮寺さんは一瞬苦しげな顔をしたけれど、すぐにふっと笑い、
「そうだよね」
と言った。
「人生を左右することだし……ごめん、変なことを言って。今日はこれで帰ります」
と言い、頭を下げる。
見ていて苦しい。
でもだからって俺にはかける言葉も見当たらなかった。
神宮寺さんは俺に背を向けて歩き出す。
その背を見て思わず手を伸ばそうとして耐えた。
何で、追いかけようとするんだよ? 追いかけて何ができるって? 俺は自分の性を決められていないのに。
神宮寺さんは立ち止まるとこちらを振り返り、笑って言った。
「また、あの店に行けば会えるかな」
「え、あ……そう、ですね。そんなに頻繁に行くわけじゃないけど」
そう答えて俺は顔を伏せる。
俺は神宮寺さんに会いたいだろうか。会いたくないだろうか。それさえもよくわからない。
「わかった。じゃあ、また」
そして、足音が続き、靴を履く音とドアが開いて閉まる音が続く。
あ、鍵かけないと。
そう思い、俺は部屋を出て玄関に向かう。
部屋にも廊下にも、玄関にも彼の匂いがした。
その匂いが俺の本能を刺激して、身体の奥底が熱くなるのを感じてしまった。
翌日、気だるい朝を迎えた。
あの後薬を飲んだものの、熱っぽくて何もする気になれなかった。
スマホを確認すると、真弘さんからメッセージが届いていた。
『あの後大丈夫だった? ちゃんと帰れた?』
メッセージだけじゃない、着信履歴も何件かある。
やっべー……真弘さん、心配したんだろうな。
どうしよ、なんて返そう……
神宮寺さんとのこと、言えねえよなあ……
そう思い俺は、無難な内容を入力してメッセージを送り返した。
『電話気が付かなくてごめん。俺、まじで発情期きたみたい。とりあえず家には帰れたから大丈夫だよ』
すると、すぐに既読が付く。
ちょっと待て、真弘さん起きてるの?
夜中までバーで働いているはずなのに。
しばらくすると、メッセージが返ってくる。
『そう……体調は大丈夫? あの、神宮寺さんに送ってもらったの?』
『体調はビミョー。なんていうか怠い。薬は飲んだけど。神宮寺さんには送ってもらったよ』
そう返し、頭の中に昨夜の事がよぎる。
漠然と発情したらどうなるかっていうのを考えたことがあるけれど、まさかまじで抱かれる日が来るとは思っていなかった。
今日は通院の日だ。
でも発情した状態で行って大丈夫なのか? っていうか行けるのか?
……無理だよな、うん。って言うか病院に連絡しねえとなぁ……
そう思っていると真弘さんからメッセージが返ってくる。
『そっか。何もなかった?』
その言葉を見て俺は心臓が止まりそうになる。
何もなかったかって言ったら嘘になる。
でも言えるかよ? 寝たことなんてさ。
『何にもないよ』
そう送り返して心に痛みが走る。従兄に嘘つくとか嫌なんだけど、だからといって赤裸々に語れるかよ?
『食欲はあるの? 届けに行こうか?』
食欲はあるだろうか、よくわからない。
でも、この感じだと真弘さん、断ってもうちに来そうだ。
『あるようなないような……』
『じゃあ、後でご飯持っていくよ。ちゃんと薬、飲んでいくから』
そう返ってきたあと何が食べたいかとか欲しいものがあるかと事細かに聞かれた。
まるで親だよな。
そう思いながら俺は返事を返し、スマホを枕横に投げた。
時間は八時過ぎ。
病院はまだ開かないから……もう少しベッドでゴロゴロしていよう。
真弘さんは、十一時位にここに来ると言っていた。
アルファには、発情したオメガを前にしても欲情しない様にする抑制剤がある。
真弘さんはそれを飲んでくるって言っていたけど……俺がオメガとして発情期を迎えているんだ、っていう現実を見せつけられているように感じて複雑な思いだった。
いや、昨日寝てるけどさ……アルファと。
子供の頃から知っている従兄が、オメガにする対処を俺にしてくるって言うのがちょっとショックなんだよな。
「どうしよう、俺」
発情期が来なければ、手術を受けてアルファとして生きることを選んでいただろう。
でも来てしまった。しかも、番を名乗るアルファに出会って。
頭の中に神宮寺さんの顔がよぎる。
連絡先、交換しなかったな。あの人も聞いてこなかったし、俺も効かなかった。
だから会う方法はひとつ、真弘さんの店に行くことだけだ。
行けば会えるだろう。
でも彼だってそうしょっちゅう店に来るわけじゃないよな。俺だって、昨日が初めてだったし。
会えるかもしれない。会えないかもしれない。
そんなわずかな可能性、俺は賭ける気にはなれないけどあの人は賭けるんだろうな。だから連絡先を聞いてこなかったんだろうし、店に行けば会えるか、とか聞いて来たんだろう。
アルファらしくない。
アルファはもっと、オメガに執着心を見せるものだと思っていたし、っていうか兄貴がそうだから俺を手に入れるためにもっとがっついてきてもおかしくないだろうに。
でも彼は俺の意思を尊重することを選んだ。
発情したオメガを前にして、避妊するだけの理性を持ち合わせていたし、うなじに噛み付くこともしなかった。
俺は無意識に首に触れる。
発情期に、アルファにうなじを噛まれたら、そのアルファの番になって一生縛られることになる。
俺は、オメガとして生きる? それともアルファとして生きる?
考えて俺は首を横に振る。
そんなの簡単に決められるわけがない。
だって俺はアルファとして生きてきて、オメガとして生きる覚悟なんて何もないんだから。
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