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第8話 いとこ
病院に連絡し、発情期がきてしまったことを伝えると、主治医が電話口に出た。
とりあえず検査は来週に延期になり、俺は家で大人しくしていることにした。
真弘さんが来ることになってるし、下手に外に出てアルファを誘うようなことになっても嫌だしな。
薬を飲んでいるし、昨日ヤッたせいか話に聞いていたほど辛くはなかった。
風邪のひき始めみたいなだるさを感じながら、俺はベッドに横たわりゲームをしていた。
十一時すぎになり、部屋のチャイムが響く。
真弘さんが来たんだろうか。
そう思い俺は、ゲーム機を枕元に置いて立ち上がり、ふらふらと玄関へと向かった。
そして鍵を開けてドアを開ける。
するとそこには、濃い赤のTシャツを着た真弘さんが微笑み立っていた。
「秋斗君、良かった、とりあえず普通っぽいね」
そして真弘さんは俺の肩に手を置くと、俺の首に顔を近づけて言った。
「昨日はすごく匂いがしたけど……今はそんなにしないかな」
匂いっていうのがオメガの匂いであるとすぐに察し、俺は苦笑する。
「薬飲んだし、大丈夫だよ」
「そうだね。昨日は驚いたよ。秋斗君が本当に、発情するなんて思わなかったから」
言いながら真弘さんの手が、俺の背中に回る。
どうしたんだ、真弘さん。こんな風にスキンシップをしてくる人だったっけ?
「……ねえ、秋斗君」
耳元で、真弘さんの声が響く。
なんだろう、普通の声なんだろうけれどどこか怒っているように感じる。
「何?」
「昨日、本当に何にもなかったの?」
その言葉に、心臓が鷲掴みにされるような感覚を覚える。
あったよ。あったけどそんなの言えるかよ? オメガとして、アルファに抱かれたなんて言えるわけがない。
……俺は、アルファ、なんだから。
そう思い、胸に痛みが走る。
なんでこんな体に生まれたんだ、俺。
ただのアルファだったら。ただのオメガなら、こんな風に苦しまなくて済んだのに。
俺は真弘さんから身体を離し、彼の顔を見つめて笑って言った。
「ないって。薬飲んでるし大丈夫だよ。だって俺……アルファだよ?」
そう言うと、真弘さんは一瞬悲しげな顔をしたような気がした。
でもすぐに笑顔になり、
「そうだね」
とだけ言い、俺から離れて靴を脱ぐ。
「ご飯持ってきたから。温めて食べて。長居はよくないと思うから、すぐ帰るよ」
と言い、彼は部屋に入っていく。
「長居はよくないってどういうこと?」
玄関ドアを閉めて鍵をかけ、俺は真弘さんを追いかける。
リビングにたどり着いたところで真弘さんは俺を振り返り言った。
「秋斗君は認めたくないだろうけど……今、発情期でしょう? 僕も君も薬を飲んでいるとはいえ、何も起きないって言う保証はないから」
その言葉は俺の心に深く突き刺さった。
そっか。
真弘さん、アルファだもんな。発情期のオメガを前にして平静でい続けるのは、いくら薬を飲んでいるとはいえ難しいか。
俺……アルファ、なのにな……でも、オメガでもあるんだよな。
そこ事実が重い。
真弘さんは、リビングの机の上に手に持っているエコバッグを置くと、俺を見つめて微笑む。
「今日は帰るよ。ねえ、秋斗君」
と言い、俺の手を掴み、目を見つめて言った。
「辛かったら、僕を呼んでくれて構わないから」
「……真弘さん?」
呼んでくれて構わない、の意味がいまいち理解できず、俺は首を傾げて真弘さんを見つめる。
彼は俺から手を離すと微笑んだまま手を振る。
「じゃあ、また」
そして俺に背を向けて廊下へと続く扉へと向かっていく。
扉の前で立ち止まりこちらを振り返り、
「また明日、ご飯、持ってくるからね」
と言い、扉を開いた。
「え、あ、はい。ありがとう、真弘さん」
そう背中に声をかけると、真弘さんは一瞬動きを止めたけれどそのまま振り返ることなく廊下を歩いて行く。
そしてそのまま玄関にたどり着き、靴を履いて外へと出て行った。
どうしたんだろう、真弘さん。
なんか変だったような。
でもその理由がいまいちわからず俺は、玄関へと向かい、鍵を閉めた。
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