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第9話 特別な酒

結果、人と会うこと自体を避ける方向の仕事に就いた。魔道具士なら会うのは工房を訪ねてくる人と一部の店の店主くらいだ。週に四~五人と会うだけでなんとか生活できる。 弟のセレスはその点目もきくから、冒険者なんていう人との交渉も頻繁な職に就くことを選んだんだろう。 「とにかく私の魔力は『吐き気モン』ではないんだね。安心したよ」 「通常は陽だまりみたいに穏やかっすけど」 「それは嬉しい評価だ」 めっちゃ嬉しそうに笑うけど、言っとくが『通常は』だからな、と念を押したい。 「今言ったみたいに、意外とその人が考えてることが魔力に出たりするんで、気を付けた方がいいっす」 「心するよ」 いい笑顔だが、ホントに分かってんのか? 若干の不安があるが、その日はその後帰るまでずっと穏やかな陽だまり魔力のままだった。 これはいけるかも知れない。 *** まぁ、オレのそんなほのかな期待はもちろん簡単に打ち破られたんだが。 そりゃあそう簡単に行くワケないよな。 実際あの話をしてから二、三回くらいはチェイス室長も気を付けてたのか、かなり魔力の動きも大人しめだったんだ。ただ、やっぱり酒が入ってオレを見つめる時間が長くなってくるとダメみたいで。 このところは「可愛い」とか「睫毛が長い」とか「気持ちよさそうなふわふわの髪だね」とか、こっちがこっ恥ずかしくなるようなことも言うようになってきた。正直どんな顔してたらいいのか分からなくてめっちゃ困る。 髪なんか、あんた魔力でさんざん触ってるだろうが……! と言ってやりたい。 しかも今日は特に魔力の動きが活発だ。 絶対に誇らしげに持ってきた『特別な酒』のせいだと思う。 扉を開けると上機嫌な顔で酒を差し出してきてさ、祭りのために準備した特別な酒を持ってきた、きっと気に入るって鼻高々で、ちょっと可愛いくらいに浮かれてたんだよ、この人。 「祭りの酒って、持ってきちゃって大丈夫なんすか?」 「まだ候補だからね。試飲して、よさそうなら本決まりになるんだよ。好きなのを持ち帰っていいと言われたから、一緒に試飲しようと思ってこれを選んだんだけどね」 「ありがたいっす……」 そこでオレなんかを思い出してくれたのかと思うと、ちょっと……っていうか、かなり嬉しいな。 「喜んでもらえたなら持ってきた甲斐があるよ」 そんなに嬉しそうに笑わないでくれよ。なんかこう、胸がきゅってするじゃんか……。 「祭りは女性も楽しめるように、果実酒も多く選ばれるんだ。これは中でも甘みが強いものでね。南方のルルシュという果実を漬け込んだ珍しい酒なんだそうだよ」

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