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1章「十六歳。僕は無知でしかありませんでした」(1)

「おい尚紀。お前がストーカーしてる眼鏡の先輩、行っちゃうよ? いいの?」  友人のそんな言葉に、西尚紀は突っ伏していた机から顔を上げた。  最上級生の三年生は卒業式で今日が最後。式も終わり、今を惜しむ空気が校内に漂っている。一年生の自分達には関係ないが、それでも卒業してしまう先輩と別れにくく、多くの生徒がまだ校内に残っていた。  頬杖をつく机から窓の外が見渡せる。その中でも一際目立つ、柔らかい癖毛の長身の後ろ姿。背筋が伸びてモデルみたい。詰襟の制服姿が背後からでもかっこいい! 見かけるだけでドキドキして舞い上がってしまう。  そして、その彼の隣には、少し背が低いがスラリとしたスマートな後ろ姿がもう一つ。弓道部の前部長だ。いつも一緒と有名な、二人の姿。 「江上せんぱーい……」  思わず呟く。尚紀は、二学年上の眼鏡の先輩、江上廉をずっと見続けてきた。 「江上先輩、どこの大学行くのか知ってる?」 「知らない」  話しかけることさえできないのに、志望校なんて知りうることができるはずないじゃないか。 「どーして。聞いておけば良かったのに」 「僕が行けるわけないし」  拗ねるような口調なのは仕方がない。あの人は実は学年トップだ。なんで知っているかと言われれば、ずっと見ていたから。  しかし友人はそんな理由? と呆れたような声をあげた。 「たとえばの話だけど、もし江上先輩が東大に行ったとしても、現時点で可能性としては分からないだろ。尚紀の頑張りによるんだから。それに、たとえ同じ大学が難しかったとしても近所の学校に潜り込むとか、そういう手もあるし……」  知っているだけで違うだろ、と力説される。 「………」  尚紀は沈黙した。  彼は親身になって悩みも聞いてくれるいい友人なのだが……と吐息を漏らす。  もし自分の成績を知っていたら同じことを言ってくれるだろうか。順位は下の下。下から数えた方が早いくらいで、二年の進級も実はかなり危うかった。担任からは「うちのクラスから最下位を出したくないから、なんとか二年生は頑張ってくれ」と言われたばかり。  勉強は苦手だ。なのに、どうやって学年トップの先輩と同じ大学を目指せると。  いや、違うのだ、と首を左右に振る。原因は違うところにある。

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