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1章(2)
尚紀は制服のポケットに手をやった。手紙が入っており、ガサゴソと音がした。
これまで話しかけるチャンスはあったにちがいないのにスルーしてきて、最後の最後になって先輩のことをずっと好きでした、なんて言葉を口にできるはずもなく。
もしかしたら、と文章にはしてみたが、書いているうちに尚紀は気がついてしまった。
うまく気持ちを言葉にするのは苦手だと思っていて、それでも、直接話すよりは文章の方がマシなのではないかと思ってきた。しかし、実際のところは、気持ちを文章にまとめることにも苦労した。
手紙を書き始めたことを少し後悔しながら、それでもあれこれ苦労してなんとか書き上げ、封までした。しかし、あの拙い文章を渡すとか……と考えただけで怯む。いや、それ以前の話だ。あの人を呼び止めて、言葉を交わして、この手紙を渡すなど……。
無理無理無理!
あまりに目的が遠すぎる。
緊張しすぎて死んでしまいそうだ。
「おいおい、ほんとにいいの? これで最後かもよ?」
友達の言葉に尚紀も追い立てられる。
どうしよう。
本当にこれで最後かもしれない。
もしかして、今ここで追いかけて手紙を渡せば、爪痕くらいは残せるのかもしれない。
だって、人生はいつ何があるかわからないのだから。
椅子にへばりついて重くなっていた尚紀の腰が、わずかばかり浮きかける。
でも!
そんな言葉が浮かんだ瞬間、すとんと腰が落ちた。
気持ちがすっと落ちてしまった。
だって、この手紙を渡したとしても気持ちが通じるとは思えなかったし、そもそも別の世界の人のように思える。もし、ここで手紙を渡して繋がりを維持できたとしても、彼の人生が自分と交わることなんてないだろう。あまりに住む世界が違いすぎるのだ。
冷静になれ。そう宥める自分がいて、尚紀は無意識に唇を噛んだ。
あの人はどう見てもアルファだ。対して自分は……と苦しい気持ちになる。
尚紀は、去年春の第二性別通知書でオメガとの判定結果をもらった。アルファとオメガは番うことができるらしいが、自分なんかとではどう見ても不釣り合いだ。
あの人の隣に並べないのならば、こんな気持ちは、きっと忘れてしまう方がいいに違いない。だから下手な期待は持たない方がいい。
尚紀はそう結論づけて、ふたたび椅子に座り込んだのだった。
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