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1章(3)

 約四年前。出会っていなかったら、こんな感情を持て余していなかったかもしれないと、尚紀は思う。でも、あの出会いがあったから、ずっと憧れ続けることができ、毎日が楽しかった。気になる人がいて、そっと見つめるのは幸せで。単調な毎日がそれだけで華やかになった。  あの人は、そんな楽しい毎日を与えてくれたのだと尚紀は思っている。  中学一年生の春。まだ入学してすぐのことだった。  尚紀は何の巡り合わせか、入学直後の一年生前期のクラス委員になってしまった。要領のいいクラスメイトに押し付けられた、というのが正しいところで、面倒な仕事であった。  当時中等部のクラス委員を束ねていたのは、中等部の生徒会。  江上廉は、副会長だった。  新入生のクラス委員の中で、特段トロ臭かった自分に廉は優しく接してくれて、それが嬉しくて、その感情はすぐに憧れに染まった。  当時の生徒会の会長は、森生颯真という人物。常に学年トップで水泳部のエース。とにかく目立つ、有名人であった。そして、廉と仲が良く、いつも一緒にいた。  颯真は、今高等部を卒業する廉の隣にいつもいる元弓道部長、森生潤の双子の兄と聞く。  颯真も優しくてかっこいい人で、会長と副会長が二人並ぶと大人の雰囲気で、とても様になった。  あの二人は本当に自分のわずか二歳年上なのか、自分も二年後はあんなふうになれるのか……。あの頃の憧れは純粋で真っ直ぐで。あんなふうになりたいと焦がれたが、基本的に自分とは何かが違う人たちだった。  入学直後のその半年間は、毎週クラス委員会の集まりがあり、会長と副会長を眺める時間があって楽しかった。  尚紀は押し付けられたにも関わらず、ウキウキとクラス委員会業務をこなしていた。いつしか廉も尚紀の存在を覚えてくれて、その後も機会があるたびに尚紀を気遣ってくれた。  その後、尚紀はクラス委員会は半年でお役御免となった。  この学校での「クラス委員」は、思ったほどに面倒ではなく、しかも先生からは覚えがめでたいうえに、先輩とも接点ができる、内申点的にもおいしい役職であることが知られ、下期からは成績上位の優等生が就く役職と認識されるようになったのだ。  名実ともに尚紀は廉との接点がなくなり、廉と颯真も生徒会を引退した。その後は、特段の接点もなく、彼らは高等部に上がってしまった。  二年後、尚紀がかろうじて高等部に上がると、颯真はなぜかいなくて、廉の隣には颯真の双子の弟の潤の姿があった。  流石に双子なので、颯真と同様に潤も目立つ。いや、実際にすごい人で、中性的で優しそうな顔をしていながら、冷静沈着な戦略家という一面を持っているらしく、弱小だった弓道部を部長として全国大会まであと一歩のところまで連れて行ったらしい。職員室で話題になっていた。颯真の弟と言われて、それも納得してしまうと尚紀は一人納得していた。  あの時の十二歳の憧れが、そのまま十五歳になっても続いていた。  この世には、男女の性差の他に、思春期に判明するもう一つの性別がある。アルファ、ベータ、オメガと分類される、「第二の性」と呼ばれるものだ。日本人のほとんどはベータだが、僅かな割合でアルファとオメガがいるとされている。  第二の性は外見では判断がつきにくいこともあり、あえて他人に言いふらすものではないとされている。詮索するのはマナーに反する。  ただ、目立つものは目立つ。  廉も潤も、あの活躍ぶりを思うと、おそらくアルファなのだろうと尚紀は思うし、みんなそのように噂している。そんなハイレベルな場所に、オメガの自分がひょこひょこと出ていけるわけがない。完全な場違いだ。  だって、この学校で勉強についていけないし、何をするにもトロい。歯痒さを感じるのは自分だ。ここではどうしても異物感を拭えない。  ここは、県内でも有数の進学率を誇る、中高一貫の男子校。やっぱりここにオメガの存在は場違いだ。  西尚紀、十六歳。自分の第二の性によって自分の限界を知った気になり、人生を半分諦めかけていた。

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