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2章「そして、あの運命の日が来たんです」(1)

 西家の朝は早い。  横浜地裁に勤める父と、法律事務所に勤める母と兄は、いつも朝早く出勤する。残されるのはいつも尚紀一人で、いつも朝起きると既にもう誰もいない。  朝八時。学校にはもう間に合わないと分かる時刻に尚紀は起床し、自室から出て階下に降りてきた。   「あら、尚紀、おはよう」  もう誰もいないと思っていたのにと、尚紀はそう内心でため息をついた。  声をかけてきたのは母、瑞江。既にビシッと黒いスマートなスーツを纏い、その襟元には弁護士バッジが輝いてる。 「……おはようございます」  そうモニョモニョ挨拶をすると、瑞江は少し不満げな表情を見せ、挨拶くらいはっきり言いなさい、と鋭く叱責される。 「すみません」  そして瑞江は手首に巻いた華奢な腕時計を確認する。 「どうするの、もうあなた学校には間に合わないわよ。遅刻するの」 「……はい」  とは言うが、尚紀は実は学校にあまり行く気がない。  瑞江は、綺麗なルージュが引かれた口を少し歪ませた。 「そう……まったく学費も無駄ねぇ。あの人も何を考えているのかしら」  あの人とは、瑞江の夫であり尚紀の父親ことだろう。瑞江は、尚紀の耳に入るのを気にせず、大きなため息を漏らす。 「オメガをあの学校に通わせても、勉強なんてついて行けるはずがないのに……」  尚紀が瑞江に対して何かを言い返すことはない。  学費が無駄になると言いたいのだろうが、そもそも小学生の時に中学受験をせよと志望校を含めて指示してきたのは両親であり、尚紀が行きたいとか受けたいとか通いたいと言ったことはない。中等部はそれなりに楽しかったが、高等部に上がってからというもの、楽しみはなくなってしまった。  成績については、残念ながら瑞江が言う通りで、授業についていくのもままならない状態なので何も言えないのだが……。  ただ、第二の性について必要以上に詮索することはマナー違反だし、第一、外見からではオメガであることは分からない。オメガが通ってはいけない学校があるわけでもない。  そんな屁理屈はいくらでも思い浮かぶが、そのようなことを言っても、容赦のない言葉が返ってくるのが瑞江とのやりとり。  アルファで弁護士の母親との口論なんて、絶対に言い負かされるのだからごめんだ。  尚紀が何も言わずにキッチンに向かおうとすると、瑞江が背後から苛ついた声で追い討ちをかけてくる。 「あぁ、もう。本当にオメガは短絡的ね」  尚紀はあえて聞こえないふりをした。  瑞江は玄関でハイヒールを履くと、その音を響かせて、出かけてしまったのだった。 「鍵はちゃんとかけて行きなさい。あなたでもそれくらいはできるでしょう」

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