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2章(2)
尚紀は綺麗に片付けられた広いくて寒々しいッチンから食パンを探し出し、そして冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぐ。
ダイニングチェアに座ることなく立ったまま、何もつけずに食パンを齧り、牛乳で胃に流し込んだ。
美味しいパン屋さんの食パンと言われるのに、あまり美味しくない。牛乳も。
毎朝の牛乳は、もっと背が伸びたらいいなと思いながら続けている日常ルーティンだが、伸びる気配は残念ながらなく、半分諦めている。
……オメガだから、仕方がないのかもしれない。
西家の次男、尚紀への当たりは決して優しいものではない。
尚紀の家族は皆アルファだ。
両親はもちろん、兄も。三人とも、将来的な社会貢献を期待され、さまざまな優遇措置を受けて、現在は判事と弁護士という仕事についている法曹一家だ。
そんな家に、尚紀が一人でやってきたのは今から八年ほど前。
それまではオメガの母親と二人暮らしの生活。病弱だった母親が亡くなったのは尚紀が小学校二年生の時。それまで月に何度か家に帰ってきていた父親にそのまま引き取られ、連れて来られたのが、この西家だった。
具体的に何があったのかは知らないが、尚紀は西家の子供になった。
西家の人々と尚紀とは、父親が血の繋がりはあるものの、兄とは半分、母とは全く繋がっていない。
父親から「新しいお母さんだよ」と紹介された瑞江は、とてつもない美人だったが、亡くなった実母とは違い、冷たい印象の人だった。特に不機嫌な時は、触るとこちらが怪我をしそうで怖くて話しかけられない。
兄、という人も、年が離れすぎていて、全く関心もかけてもらえず、ほとんど顔を合わさない。挨拶をしても返ってこないし、おそらく二人で話したことはない。
唯一、父親は優しかったが、多忙でほとんど家にいない人だった。
西家の人々にとって、自分は確かに父親の血が繋がった子供だが、どこかのオメガに産ませた、本来はいてはいけない存在なのだと、しばらくして気がついたのだった。
それでも今の「お母さん」に背を向けられるのはとても怖かったし、どうしても気に留めてもらいたかった。
尚紀は瑞江の機嫌を損ねたくなくて、必死にいろいろと努力をした。
小学生の時は良い子になるために、勉強も運動も頑張った。それこそ両親に言いつけられた中学受験も頑張って努力して、第一志望に合格した。
両親と兄は褒めてくれた。
ようやく、自分がこの家の子になれたような気がした。
この家の子供でいるためには、常に頑張らなければならないのだと、と小学生の尚紀は学んだ。
食パンと牛乳で栄養を摂取し、空腹を満たすと、パウダールームに移動し、歯を磨いて顔を洗い、身支度を整える。
部屋で詰襟の制服に着替え、一応学校にいく準備もする。
戸締りを確認し、家を出る。
朝八時半。本来であれは始業のベルが鳴る頃。尚紀は、駅とは逆の方向に足を進めていた。
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