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閑話(20)
当時は、颯真の懊悩を反面教師にしたことで、内心では賢明な選択をしたと思っていた。性欲を発散させる場なんていくらでもあるし、身内から求める番はいないのかと問われても、自分には必要はないと本気で思っていた。
そんな自分が、正直尚紀を番と認識するとは思っていなかった。いや、そんなふうに自己防衛に走り、自分のことしか考えていなかった人生だったからこそ、中学校・高校と自分の人生を変える人と出会っていながらも、呑気に見逃したのだろう。
今、尚紀の存在を認識して、廉はこれまで絶対的だと思っていた自分の価値観が、実に儚いものだったと実感している。
だってその間に、尚紀は別のアルファを番と定め、番契約を交わしてしまった。
なぜ尚紀は夏木を受け入れたのか。
それを考えると、脳が沸騰するほどに身体が煮えたぎる感覚が湧き上がる。
なぜ、と思う気持ちは、身勝手ながらわずかにある。だけど、なぜ守れなかった、なぜ気付けなかったのだと、自分を責める溢れるような気持ちがそれ以上にとめどもなく押し寄せる。
身を切られるようで、吐き気を覚える。
もうそんなことを考えても仕方ないと思うのに、自分の中に割り切れないものも確実にあって、それが時折顔を見せるのだ。
確かに、どうしてと思うこともある。だけど尚紀を責めることなどできない。あの冷たい家族のなかで、彼が求める場所を作ってくれた、夏木真也というアルファを求めてしまったのは仕方がなかったのだろう。
いや、その立場になれなかった自分の不甲斐なさを責めるべきで……、そんなことを考えていると気がおかしくなりそうだ。だから、自分は身勝手で強烈な嫉妬心を、夏木真也に対して覚えるのだ。
尚紀と夏木は、どのような番生活を送ったのか。あまり考えたくないが、これまでの尚紀の順調なキャリアの積み重ねを見ると、健やかだったのだろうと思う。
どんな番生活だったのだろうか。
一方で、辞めておけと、冷静に思う。
これ以上先に踏み込むことは、自分の精神にとって健全ではないとわかる。
だけど、否応なしに考えてしまう。
はやく尚紀からの連絡がほしいと、廉は身悶える。感情が入り乱れて制御できない。
夏木はもういないのだから、次は自分を選んでほしい。いや、夏木よりも本当は自分を選んで欲しかった。これまで進んだ道を改めて、自分を。
そうか、と廉は気がつく。尚紀が自分のものであるという確証がほしいわけではない。尚紀自身に、自分を選んでほしいのだ。
尚紀からの連絡はそれから数日間なく、音沙汰はなかった。尚紀は連絡をくれるのか。もう忘れられてしまったか。それとも、あの再会は思い出したくはないほど嫌なものだったか。
あの時間、廉はずっと答えが見えない自問自答を繰り返し、悶え苦しみながらもじっと尚紀からの連絡を待ち続けた。
待望の尚紀からの連絡は、今年最後の日だった。非通知と表示されたスマホを見て、尚紀だと直感した。
待ち続けて待ち続けて、ようやく。
「待っていたよ。連絡ありがとう」
まず、言葉をついて出たのは、感謝の言葉。
尚紀から連絡がきた。自分はここからやり直していきたいのだと廉は痛切に思っていた。
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