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閑話(19)

 その一方で、尚紀を守れなかった自分への嫌悪と、尚紀の番である夏木真也への嫉妬を、尚紀に実際に会ったことで、廉は明確に自覚した。  あれだけ直感できた番なのだから、確固たる絆で結ばれているはず。それは運命にも近いもので、その絆は絶対的なものだ。  尚紀が自分の番であるという自覚を得てからの二週間、廉はずっとそう思ってきた。    番とは、抗えない絆。  尚紀と再会するもっと昔から、廉は番とはそのようなものだと思ってきた。良くも悪くもそれに人生を振り回されると。  それに抵抗があって、距離を置いていたという自覚がある。  廉は、アルファではあったが番と過ごす人生を選ばなくてもいいと思っていた。おそらく思春期の頃からそう思っていた。そんな気持ちもあって、学生時代は限られたオメガとしか付き合うことをしなかった。  アルファだからと、ロックオンされたら堪らない。オメガには近づかないほうがいいと思っていた。  そんな価値観を形成するきっかけは、颯真が抱く番の絆だったと思う。  彼を見ていて、怖くなった。  颯真は、双子の弟の潤が自身の番であるとずいぶん前から自覚していた。廉はそれを、出会ってすぐ、中学一年生の時に聞かされた。  最初のうちは本気にしていなかった。第二の性別判断が最終的に下されるタイミングは中学三年生の春。まだまだ先の話なのに、何を言っているのか分からなかったし、なぜ双子の弟がオメガだと分かるのかも理解できず、話半分に聞いていた。  理由は颯真本人にも分からない様子だった。しかし、いざ中三の第二性別判定結果を迎えてみれば、潤はオメガだった。廉だけでなく、潤本人さえも想定外で、ショックを受けていた。  しみじみ思ったのが、番の絆とはそのようなものなのだということ。以来、潤本人にさえ秘密の、颯真の想いを廉はずっと共有してきた。  潤がオメガと判明しても、颯真が楽になったわけではなかった。むしろ兄弟で番であるということはもちろん、オメガの自覚も乏しい潤に、颯真の感情は振り回された。廉自身、見ていて痛々しいこともあり、もう諦めろ、と何度口に出かかったか。その度に颯真は、傷つきながらも咀嚼して、飲み込んで、理不尽や冷たい言葉を生々しい傷として残しつつ、それを乗り越えてきた。いつか、弟と気持ちを繋げ、番となりたいという望みを捨てずに。  そんな双子の関係性を見ていて、廉はアルファとオメガの番関係に足を踏み入れるということは、あのような苦しみを抱えることになるのだと思った。  廉の両親はアルファとオメガの番で今も仲睦まじい。アルファの友人のなかにも、番を得て幸せなものもいる。  だけど、親友である颯真の苦悩の道のりは廉にとってあまりに鮮烈で、自分が番を持つということに躊躇いと覚えるほどだった。人生を楽に渡り歩くには、感情のすべてを持っていかれるほどの存在とは出会わない方がある意味幸せである、という、独特の価値観がいつの間にか胸の中に育っていた。

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