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03.悪癖

 茶にオレンジがかった(けやき)の内装。木の温もりが感じられる落ち着いた空間の中で子気味のいい音が鳴り響く。  コンクリートの壁に小石を投げつけたような音だ。音の出元は1人のおばさん。40代後半と見られるその人はふくよかな体型、桃色の上下革製のウェア姿。木目の美しいライフル銃を手にしていた。    おばさんがスコープから目を離すと、滑車が走るような音が聞こえてきた。的と射座の間に渡された丸ゴム紐の上を、的がせっせと走っていく。着弾する度にああして結果を届けてくれる。愛すべき相棒だ。  的の直径は4・5センチ。10個の円が重なり合っていて、中央に向かうほどに小さくなっていく。最高得点の10点に至っては0・5ミリ。シャープペンシルの先ほどの大きさしかなく、最早「点」に等しい。そんな点を10メートル離れた射座から狙う。それが10メートル エアライフル競技だ。 「はぁ~……」  手元に届いた的を見るなりおばさんは肩を落とした。無理もない。弾痕は中央から大きく外れた円に付いている。点数で言えば3点。気の毒だけど失敗と言わざるを得ない。  おばさんはドンっと音が立つぐらい乱暴にボタンを押した。あの調子じゃ次も。 「っ!」 「何よ?」 「……いえ……」  子バカにされていると思ったんだろう。余計に不機嫌になってしまった。会釈をしてお詫びをする。 「ふぅ~ん?」  視線が痛い。僕は今、おばさんから数えて3つほど手前の射座に陣取っている。おばさんと同じようにウェアを着て、手にはライフルを持って。  色はというと、おばさんとは対照的に黒ずくめだ。つばの短いスポーツバイザー、ジャケット、パンツ、グローブに至るまで。  ただライフルは別だ。アルミ製の軽量モデル。シリンダー、グリップ、頬を乗せるチークパッドは萌黄色――明るめな緑色だ。  元は尚人(なおと)のもの。今は奏人(かなと)が愛用している。 「お兄サン……学生サン?」 「はい。駅前の甲府大に通ってます」 「あっ! もしかして例の?」 「いえ。俺はそこまでじゃ」 「ふぅん? でも、のレベルではあるんじゃない? こんな真昼間から練習しているワケだしね~?」  一層嘲るような目で見てくる。集中力を削いで失敗したら嗤うつもりなんだろう。 「暇潰しですよ。夏休み中なんで」 「まぁ~! い~わねぇ~、学生サンは」  胸がざわつく。全身が強張っていくのが分かる。圧に抗おうとしてるんだ。でも、長くは持たない。急がないと。  おばさんに背を向ける格好で構えに入る。コッキングレバーを開けて弾丸を装填。息をつく間もなく目をスコープの中へ。 「ちょっ……」  トリガーを引いた。スコープに移ってから2秒足らずで。 「……あ……」  大抵の選手は1発に10秒から20秒程度の時間をかける。全身を安定させるためだ。体は揺れる。呼吸は止められても心臓は止められない。緊張、疲労も安定感を奪う。そんな中で出来る限りの安定をはかる。そのための時間。だから、たっぷりと時間を費やす。こんな射ち方はしない。 「あっらぁ~、ふふっ、慌てん坊さんなのねぇ~♡♡」  おばさんは一変して上機嫌だ。ほっとする余裕も、呆れる余裕もない。早く。早く回収しないと。駆けてくる滑車に向かって手を伸ばす。 「分かった! キミも初心者なのね。だからアタシのことを見てた。のね」  テキトーな相槌も愛想笑いすら出てこない。失敗に失敗を重ねていく。 「ふふふっ、恥ずかしがらなくってもいいのよ。最初は大抵そんなも……ん……?」  的を掴んだ。ほぼ同時に金属と金属の軽い衝突音が鳴り響いた。的が到着した合図だ。 「へっ……? ウソ……何で……?」  弾は中央のドット、10点を貫いていた。自分で言うのも難だけど寸分の狂いもない。満点だ。中上級クラスであれば稀に。トップクラスになれば当然とばかりに叩き出せる点数だ。けど、。現役選手ではただの1人も。  回収した的をテーブルの上へ。手で蓋をした。頭がぐるぐるする。おばさんの顔は怖くて見れない。マグレで通そう。いやスルーが無難か。正解はどれだ。考えろ。考えろ。 「尚人……?」 「っ!?」  喉が干上がっていく。落ち着け。落ち着け。鼻で控えめに息を吸って振り返る――。

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