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11.重く響く言葉

「……さすがにまだ載ってないか」  苦笑しつつベッドにスマホを置いた。  ――ワンピ 78巻 モンディ 怒り なぜ  ネットに訊ねてみた。いつもそうだ。漫画を読む度、アニメを見る度に答えを求める。感情を学ぶ。それが一番の目的だから。  胸のあたりで伏せていた漫画を閉じて起き上がる。ふわりとしゃぼんの香りが漂うのを感じながら、ベッドの向かい側に向かって歩いていく。正面には僕の姿がある。そう。鏡だ。  ベットから見て斜め向かい側の側面には、7枚の大鏡が設置されている。フォームの確認はもちろんのこと、入れ替わりの研究にも使っている。だから、カーテンは付けられない。この部屋で暮らすようになって1年以上経つけど、未だ馴染めずにいる。  唇が絞られるのを感じながら、クローゼット横に置かれたバッグに手を伸ばす。ぱっと見ラケットバックに近い。黒を基調としつつ、外付けの上下2つのポケットの淵には濃い緑色のラインが走っている。 「おかえり」  馬のストラップを撫でる。黒みがかったちぢり毛。首には緑色のスカーフを巻いている。  かれこれ14年の付き合い。買ってくれたのは奏人。僕を気遣ってのことだった。仲良くなったお馬さん。離れたくない。寂しさに打ちひしがれていたら、奏人がこの子をくれた。僕は何も言わなかった――いや、言えなかったのに。 「…………」  ――僕はあの日を境に、自分の殻に閉じこもるようになった。理由は誰にも明かさなかった。胸の内を明かす=言い訳、黙る=贖罪=美徳と読み換えて。  1人2人と離れていった。でも、奏人は変わらず傍にいてくれた。僕が呆れと軽蔑を買う度に、奏人が感心と笑顔に変えてくれた。  でも、同じぐらい失敗もして――遂には自衛するようになった。疑い始めたんだ。人を。悪い面ばかりに目が向くように。好意/厚意を受けても、策略、悪意と捉えるようになってしまった。  僕のことなんて放っておけばいい。守る価値なんてない。そう伝えようとした。なのに、僕は何も言えなかった。  結果、奏人は僕のことも疑うように。強い憎しみを抱くようになった。 『ほんっと気の利かねえオンナだよな』 『オンナ……? 誰のこと?』 『知ってるか? 俺らみたいな双子は分裂して出来るんだ。ようは1人だったんだよ。元々はな』  背筋が凍った。察してしまったから。奏人が言わんとしてることを。聞きたくない。聞きたくない。耳を塞ぐ。塞がないと。 『1人のままだったら、んな面倒もなかったのにな。そうだろ? ナオ』 「……っ」  ――今も重く響く言葉。返すに値する言葉は、未だ見つけられずにいる。   「……オ………」 「…………」 「ナオ!!!」 「っ!!!???」  ドアの向こうから声が飛んできた。奏人の声だ。 「卵は?」 「あっ……」  血の気が引く。そういえば今朝、家を出る時に頼まれていた……ような気がする。 「ごっ、ごめ……っ」  ドアを突き破らん勢いで舌打ちが飛んできた。意を決して扉を開ける。僕の部屋の正面にはキッチンがある。カーテンとかの間仕切りもなく、奏人が調理に勤しむ姿が見て取れた。 「今から買いに――」 「いい。買っといた」 「へっ……?」 「上の空だったからな、お前」  敵わないな。本当に。 「あのオンナのことでも考えてたんだろ」 「ちっ、違うよ!」 「はっ……じゃあ、何だよ」  詳しくは言えない。けどせめて、この誤解だけは。 「奏人のことだよ」  嘘じゃない。本当のことだ。でも、ここまでしか言えない。今はまだ。 「俺の、なんだよ」  (いぶか)しむような目。だけど、声は弾んでる。 「……さっき話したこと。僕の趣味に付き合ってもらうの……悪いなって」 「んなことかよ」  悪戯をした子供を見るような目だった。居た堪れなくなって、ドアに身体を引っ込める。 「卵、ごめんね」  扉を閉めた。息をつきながら腰をおろす。 『1人のままだったら、んな面倒もなかったのにな』  ――あの日から7年。当時の僕からすると信じられないような今を生きてる。奏人と普通に話して。あまつさえ秘密まで共有して。  でも、仲直りに至れたのは、僕の努力があってのことじゃない。単純に運が良かった。ただそれだけのことだ――。

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