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27.散って砕けて(★)

 午後5時30分。後残り2時間30分か。  ――8時までには退散する。  あんな口約束、守られる保証なんてどこにもない。でも、信じる他なかった。 「うつ伏せになってください」  頷きながら(ひざ)を伸ばした。局部は……大丈夫だ。想定通りシャツの上に乗った。目と感触で確かめて、即席の枕に(あご)を乗せる。 「んぐっ……!」  重い。何だ? 振り返ると、谷原(たにはら)さんが太股の辺りに腰掛けていた。 「っ、く……っ!」  Tシャツの(すそ)(めく)れる。腰の辺りで止まった。 「あっ……」  穴に触れる熱くて硬い何か。考えるまでもない。谷原さんの性器だ。嫌だ。汚い。 「~~っ」  上がりかけた声を()じ伏せて、土の香りに心を(うず)める。 「さぁさぁ! どうぞご記憶ください。アナタの純潔を散らすのはこの私。アナタのはこの私であると」 「ぐッ!? ……あぁ゛!!!……~~~っ、ん゛ッ……!!!」  やっぱり指の比じゃなかった。目がちかちかする。痙攣(けいれん)が止まらない。拒んでるんだ。谷原さんを。息を整えたいのにまるで思い通りにならない。 「どうです? 大したもんでしょ?」 「はぁ……ハァ……っ、あっ……」 「手前味噌ながら、長さには自信があるのですよ。直腸はもちろん体位によっては結腸までお届けすることが出来ます」 「……???」 「ご期待ください」  ようは奥まで届く、ということか。それによって何が得られるのか、僕にはまるで見当もつかない。 「ひとーつ」 「あ゛っ!? あぁ゛ぐっ!!!?」  肉を割いて腸壁を破る。そんな意図が透けて見えるほどに、谷原さんのそれは凶暴だった。こめかみに冷たい汗が伝う。 「ふたーつ」 「あっ!?? う゛、あっ、ン……っ!!!」  警鐘が鳴り響く。それと同時に揺らぐはずのない心が揺らいだ。 「あっ、あっ……っ……やぁ……~~っ……!!」 「みーっつ」 「あぁ゛!!?」   義務で生きてる。極論、死んだって構わない。そう思っていたはず――なのに。 「たっ、谷原、さ……ん」  振り向いて助けを求める。 「………おやおや」  谷原さんの表情が歪んだ。酷く苛立っている。そんなふうに見て取れた。 「あっ……」  浅ましい――そう思われたんだろう。僕も同意見だ。どうかしてた。唇を引き結んで枕に顔を戻す。 「……これは素晴らしい」 「えっ? ぐっ……!!」  背中に重さを感じた。後ろを向くと直ぐ近くに谷原さんの顔があった。全身で圧し掛かられている。 「んっ……くっ…………」  苦しい。顔が熱い。視界が歪んでいく。 「ハァ……はっ……」 「そそりますよ。尚人(なおと)君」  谷原さんの手が僕の頬を押す。 「心得ていらっしゃる」 「んぅ!? んぅ……っ……」  唇が重なる。深い。乱暴に吸い付いて唾液を塗りたくる。汚すことに重きを置いているような、そんな触り方だ。灰とコーヒーの香りに呑まれていく。 「はぁ……ハァ……ぁっ……んぁ……ぁ、ハ……っ」  口を大きく開ける。間髪入れずに舌が入ってきた。歯の1本1本。上顎も下顎も余すことなく舐め回していく。(すす)けた苦みと痺れるような(から)さに胃が震えた。気を紛らわすように舌を動かす。 「んっ、んんんっ……っ!」  舌に何かが刺さった。これは――八重歯か。 「あっ!? あ゛っ! あっ! んァッ、んん゛んぅっ!!!!!」  身体と身体がぶつかり合い、結合を示すぬめりを帯びた軽やかな音が響き渡る。痛い。苦しい。気持ち悪い。不快を表す言葉で頭がいっぱいになっていく。厚かましいにもほどがある。 「んぁ! あっ! ふっ……ぁ……っ!!」  左脚が持ち上がる。自然と膝が曲がって谷原さんの左手を挟み込んだ。 「犬みたいでしょ?」 「えっ……? あっ! ~~あっ!! あっ、あぐ……んっ、ぁ……っ」  片脚を持ち上げられたことで、穴が広がったのかもしれない。さっきよりも深い。 「あ゛がッ……!?」  一瞬、意識が飛んだ。まるでそう――テレビの電源を切ったみたいに。 「ふふふっ、……今、飛びましたね。ほんの一瞬ではありましたが」 「飛び……?」 「嬉しいですよ、尚人君」 「は……? っ!!! あ゛っ!!!! ……あ……っ。……?」  不意に視界が反転した。白天井を背にした谷原さんと目が合う。見下ろされてる。状況が呑み込めない。 「なっ!? 何を……?」  谷原さんは僕の両脚を持ち上げると、右手で左膝裏を、左手で右足首を掴んだ。 「っ……」  すごく不安定だ。僕は今、背中と腹筋だけで身体を支えてる。 「わっ……!」  谷原さんの手が膝裏から離れた。バランスが崩れる。僕は咄嗟に左足を伸ばした。足の裏で谷原さんの胸の辺りを捉える。 「っ!」  意図せず蹴るような恰好になってしまった。 「っ……すみません」 「は? まったく……どこまでもおめでたいお方だ」 「っ! ……っ……」  穴にペニスを宛がわれる。濃い紅色をしたペニスは谷原さんが自称した通り細長かった。根元は黒くて長い毛に覆われている。 「あっ! ふ……ん゛ぅ……!!!」  押し込まれていく。いや、呑み込んでいく。谷原さんの男根を貪るように。 「~~~っ」  堪らず目を閉じた。谷原さんの右手が膝裏に戻る。 「がっ!? あっ! あっ、ン! やぁ、あぁ゛ぁんっ!!!」 「っは、たまんねぇなぁ……」 「あっ!? ……あぅ……」  突かれる度に不安定になっていく。吊るされてるみたいだ。谷原さんの腕が鎖に見える。 「あ゛っ……はっ……! がっ!!!!??? …………っ?」  何かを突き破るような感覚がした。直後、痛みが消える。嘘みたいに。跡形もなく。 「どうです。いいもんでしょう?」  気が付けば谷原さんとの距離が縮まっていた。僕の身体は折りたたまれて、膝がベッドに付きかけている。 「オンナで言うところのです」 「は……?」 「ここにた~っんと注いであげますよ。この私の子種をね」 「なっ……」  悪寒がした。頬が、喉が引き攣る。 「いいですね~。その意気です」 「あぁ゛!!? あっ!! ぁンッ!!!!!」  上から突かれる。僕の身体はみるみる内に後退して、終いには黒いベッドボードに頭をぶつけた。  ズボンの枕は――いつの間にか左上腕の辺りに追いやられていた。僕は手を伸ばして、黒い布を握り締める。 「んっ、あっあっ!!」  逆さまになった僕の中心は未だやわらかなままだ。身体は変わらず谷原さんを拒み続けている。でも、当の本人はまるで気にしていない。眼中にない。そんな感じだ。  ――良かった。場違いな安堵感を胸に抱く。 「あ゛!!?? がッ……!?」  突如、喉に激痛が走った。血の味がする。 「ガハッ! ゴホッ!! ゴホッ!!!」  激しく咳込む。けど、律動は止まらない。 「あらあら……喉、痛めちゃいましたか?」 「ぐっ……!! がッ、ハァ……ッ」 「あ~あ~……そんなんでちゃんと?」  背に冷たい汗が走る。そうだ。僕はこの関係を――。 「ハァ……ハァっ……」  Tシャツの裾を引っ張って咥え込む。こうすれば少しはマシか。 「えっろ……」 「んんっ! ん゛っ!!」  更に激しくなる。頭がベッドボードにぶつかる。何度も。何度も。僕は手にしていたズボンを引き寄せて頭をくるんだ。ズボンの裾が視界を覆う。 「かぁ~……やっぱヤるなら処女ガキだなぁ~。ほんっとたまんねぇ~ぜ……」  興奮してか、谷原さんの語調が乱れ始めた。たぶんこっちが本性なんだろう。違和感がまるでない。 「出すぜ。ははっ、たんと」 「っ!!?? や゛……っ、~~~ん゛ぁ!!? ん゛ぐ……っ!!」  凄まじい圧迫感を感じた直後――お腹の奥に熱が広がった。Tシャツの白い布が僕の口から離れていく。 「あっ……、あっ……ああっ……」  落ちていく。下へ。下へ。奥へ。奥へ。谷原さんの精子が僕の内臓に群がって――。 「お゛エ゛ッ!? ん゛!!!? ン~~っ!!!!!」  吐いてしまった。ズボンの裾と両手で口を覆う。受け止めきれず漏れ出た体液が頬を、顎を伝っていく。 「おわっ!? 勘弁してくださいよ~」  拘束が解けた。這いつくばりながらチェストに手を伸ばす。そこに置かれた肌触りのいいティッシュを手に取って口元や顔を拭った。幸いほとんどが胃液。固形物はなかった。 「ばっち~」 「…………っ……~~っ……」  顎に力を込める。けど、震えは止まらなかった。 「っ! えっ……?」  扉が開いた。ここのじゃない。もっと遠くのものだ。 「嘘……」  置時計に目をやる。午後7時を過ぎたところだ。いくらなんでも早すぎる。 「なん……で……?」  決勝が終わったのは4時30分ごろ。諸々の慣例の他に、兄さん達とも話す必要があったはずだ。なのにどうして。まさか全部放棄してきたのか。 「ナオ!! ナオ!!!!」  返事をしてくれ。懇願するように名前を呼ばれる。溢れ出る涙。止まらない。 「これはきっと……なのでしょうね」  足音が近付いてくる。身体は強張るばかりで、何も――出来ない。 「間違っている。だからこそ、想えば想うほどに不幸になっていく。本人だけでなく、も」 「ナオ! ……ッ!!??」  開いてしまった。 「な……お……………?」 「……っ」    ああ、もう終わりだ。  僕は現実から目を背けるように固く目を閉じた――。

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