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28.決別、闇に染まる覚悟(★)
「なっ……~~っ、てめェ!!!」
怒号が飛ぶ。奏人 のものだ。心が潰れる。助けて。救いを求めるように一筋の願いに縋 った。
叶うならこのまま消えてしまいたい。僕の存在、そのすべてが消え去れば今のこの状況だって――。
「わっ……!」
腕を引かれた。奏人との距離が縮まる。気付けば目の前に。硬く誇らしい胸に僕の鼻先が触れる。
「っ! だっ、ダメ!」
咄嗟 に奏人の胸を押した。
「なっ……」
「っ! ちっ、ちが! ぼっ、僕、汚いから……っ」
手の中には汚れたティッシュ。鼻をすするだけで酸っぱい臭いがする。それに何より――。
「……っ」
尻に力を込める。注意を払いながら穴にティッシュを宛がった。紙が一層湿っていく。
「バーカ」
「んっ……!」
強引に頭を撫でられる。いつものように。乱雑に。
「だっ、ダメ! 汚っ――」
「汚くなんかねぇよ」
奏人は微笑んだ。例えるならそう――すべてを包み込むように。
「……っ……っ、……」
温かい。
涙が溢れ出す。止まらない。
「そうですよ。汚いなんてとんでもない。……最っ高にそそりますよね? 奏人君」
「アンタな……」
一変して凄まじい怒気を帯びる。怖い。矛先は谷原 さんに向いている。理解していても息を呑まずにはいられなかった。
「……タダで済むと思ってんの?」
「ええ。何せ私はアナタ方の急所を握ってるんでね」
「はっ、ろくな証拠もねえくせに」
「さて、それはどうでしょう?」
谷原さんの顔が悪意で滲 む。マズい。あれを流す気だ。
「まっ、待ってくださ――」
『君達の秘密を知る人間は全部で3人。……武澤 頼人 さん、滋田 寛 さん、そして僕、留持 涼 だ』
「……は?」
奏人の声が引き攣 る。驚き、恐怖、怒り。感情が目まぐるしく変化して――。
「留持……ヤローがバラしたのか……」
そのすべてが留持さんに向く。
「違う! 違うんだ。僕が迂闊 だったから――」
「お門違いも甚だしい」
「あ?」
「悪いのは留持さんではない。アナタでしょう、武澤 奏人君」
「……………………」
奏人の瞳が暗く、沈んでいく。響いたんだ。みんなの声が、行動が。
「っ! 奏人――っ!」
不意に瞳が鋭くなった。どうして?
「あっ……」
察した。
――力づくで止めるつもりなんだ。
5年前の光景がフラッシュバックする。恐怖で染まったみんなの顔。先生を始めとした協会関係者に何度となく頭を下げる父さん、母さんの姿。四方八方から向けられる軽蔑と危懼 の眼差し。
断言出来る。奏人には無理だ。とてもじゃないけど耐えられない。壊れてしまう。心も、身体も、何もかも全部。
「~~っダメだ! 奏人!!」
「そうですよ。暴力に訴えるなど、周囲にどれほどの迷惑がかかることか」
「大丈夫だ。留持の時みたく俺が上手く――」
「分からない人ですね」
「あ?」
「尚人 君はね、これ以上アナタに罪を重ねてほしくないのですよ」
「……っ」
奏人の表情が歪む。痛みを感じてくれているんだ。
「……良かった」
「あ?」
奏人の声が怒りと困惑で揺れる。当然の反応だ。我ながら軽率だったと思う。でも、たとえ冷静であったとしても結果は変わらなかった。そのぐらい嬉しかったんだ。
「……ごめん」
「何笑ってんだよ」
奏人を在るべき場所へ、みんなのところに帰す。そのためなら僕は――。
「ここは僕に任せて」
「は?」
「大丈夫だから」
「寝言は寝て言え」
「そうですよ。これで漸 く役者が揃ったというのに」
「はっ……?」
血の気が引く。まただ。頭が無意味に回転する。気持ち悪い。
「……奏人には手を出さないって、そう言ってくれたじゃないですか」
声が震える。ダメだ。もっと強く出ないと。
「共に償わずしてどうします。お2人でなさったことでしょう」
首を左右に振る。その度に絶望が深まっていく。だけど、ここで引くわけにはいかない。引けば奏人にまで危害が及ぶことになる。
「おっ、お願いです! 奏人だけは――」
「では、手始めに奏人君をイかせてください」
「~~っ、何を言って――」
「分かっただろ。口じゃどうにもなんねーんだよ」
「っ!」
肩を押された。身体が離れてく。それと同時に奏人が大きく踏み出した。ダメだ。止めないと。浮いた足で床を叩く。
「っ!? おいっ!!」
奏人の背中に半ば倒れ込むようにして顔を埋めた。透かさず両手で自由を奪う。
「離せ!!!!」
奏人は僕ごと身体を揺さぶって逃れようとする。でも、絶対に離さない。離したら終わりだ。
「いい加減にしろ!! ~~っ、何考えてんだ!!!!」
「くっくっく……滑稽 ですね」
「あ?」
「殴りたいなら殴ってどうぞ。私は一向に構いませんよ」
安い代償なんだろう。痛みと引き換えに得られるスクープ、それに付随する快楽を思えば。
「……っ」
苦渋の選択。どっちも正しくない。誤りだ。間違いなく奏人を傷付ける。けど、もうやるしかない。奏人を在るべき場所に帰すんだ。
「くそっ……ぐっ!? おいっ!」
奏人を羽交い絞めにしたまま、谷原さんの横に倒れ込んだ。全体重をかけて身動きを封じる。
「バカ!! いい加減に――ッ!? ……ふっ、ン……っ!」
「ハァ……っ……」
奏人の耳を食む。コリコリしてる。耳殻に沿って舌を這わせると、切なげな声が返ってきた。
「~~っ、バカ! 何考えて――~~っ、ぁッ!」
穴に舌を捻じ込んだ。途端に抵抗が緩む。耳にキスをすると呼応するように背中が跳ねた。
「あっ! ……や、めっ……っ」
「ふふっ、ははははっ! やはりアナタはイイ」
「~~っ、ナオ! 止めろ! こんな、……っ、~~っ、こんなの……っ」
「っ」
奏人の声が潤み出した。途端に身体が固まる。
「おや? どうしました?」
「~~っ、嫌だ!! なおっ……!!」
動かなきゃ。早く、早く。
「……っ、な、お……っ」
黒目がちな瞳から涙が零れ落ちた。あの日の光景がフラッシュバックする。
「あっ……」
それと同時に、幼い日の僕が現れた。
『カナトはまちがってない! おかしいのはオマエだッ!』
奏人を守りたい。ただその一心で食ってかかる。策も何もあったものじゃない。力任せ。勢いで押し切ろうとしている。
『カナトにあやまれッ!』
そのくせ自信に満ち溢れてる。でもこれは、僕のオリジナルじゃない。モノマネだ。テレビで観たヒーローの模倣。守るためには光の側に立たないといけない。いや、立っていたい。そんな身勝手な願望を抱いていたんだ。――バカだな。本当に。
「…………」
心の荒波がすっと鎮まる。頭が冷えた。すごく落ち着いている。思えばこれは切り替わる時の感覚に近い。僕から奏人へ。奏人から僕へ。
『えっ? ……っ、えっ……』
小さな僕が目に見えて動揺し出す。
『う゛っ、……あっ……~~~どっ、~~っ、どっかいっちゃえ! この――ッ!!!??』
霧散して――消えた。跡形もなく。僕はただ嗤っただけだ。あっけない。くだらないな。本当に。
「……仰向けにしましょう」
「はい」
「っ!? 触んな!!」
暴れる奏人を2人がかりで仰向けにした。
「さぁ、ご存分に」
「ぐっ!? てめぇっ……!!」
谷原さんは膝を、奏人の肘の上に乗せた。両方とも。謂 わば磔 だ。谷原さんのペニスが奏人の顔に触れる――かと思えば、しっかりと下着の中にしまわれていた。そのことが心底意外で、心底ほっとした。
「~~っ、ナオ、やめ……っ」
奏人の頬に涙が伝う。ごめん。ごめんね。内心で謝って顔を寄せる。
「んっ!? ふっ、んんんん……!!!」
薄い頬を包んで唇を奪う。奏人は更に激しく暴れ出した。首を左右に振ってキスから逃れようとする。望んだ形じゃないからだ。
「やっ、ぁッ……んぅん、んんんッ!」
角度を変えて唇を重ねていく。温かくて、やわらかくて、それでいて仄 甘い。苦くも辛くもない。僕はどうなんだろう。やっぱり苦くて辛いのかな。胸に針が刺さる。気のせいだ。意識を隅に追いやって、奏人の唇を吸う。
「がはっ! ごほっ、がはッ!!」
奏人が激しく咽 る。苦し気だ。開放して、自分の唇を手の甲で拭った。視線が奏人から外れて、黒い羽毛布団に移る。中途半端だな。心底自分が嫌になる。
「おやおや」
「ッ!? はっ!? おいっ!!」
奏人のズボンがずり落ちた。やったのは無論、谷原さんだ。奏人の少し小ぶりで血色のいいペニスが、谷原さんと僕の目に触れる。
「えっ……?」
「耳舐めと、キスだけで?」
「~~っ」
中心は反り返っていた。奏人は罰が悪そうに目を伏せる。頬は赤く、悔しさからか身が震え出す。
「………………」
「っ!? さわ、んな……っ!!!」
谷原さんの血色の悪い手が奏人のペニスを掴んだ。鷲掴み。酷く乱暴な手つきだ。
「本当に好きなんですね。お兄サマのことが」
「っ!!!! アニキじゃねえ!!! ナオはナオだ!!!!」
同じだ。あの日と。
「……っ」
首を振って幻影を掻き消す。
「尚人君、哀れだとは思いませんか?」
奏人の表情が強張った。身を守ろうとしているんだ。緊張の糸を張り巡らせて。それでも糸は糸。一見鋭利でも脆 く、儚 い。
「いえ」
僕は否定の声をあげた。谷原さんの視線が僕に刺さる。
「ほう? では、何とお考えで?」
「尊い気持ちです」
率直な思いだ。嘘は一片もない。あるのは身勝手な罪悪感だけだ。
「尊い……ですか。そんな高尚なものではないと思うのですがね」
谷原さんが真に理解する日はきっと来ない。そう思うと何だか哀れで。
「挿れましょうか」
「なっ!? 止めろ!!! この変態ッ!!!!!!!!!」
「なんともまぁ……礼の1つも言えないのですか」
「黙れ!!! このクズ野郎が!!!!」
口を閉ざすべきだ。返せば返すほど大切にしてきた思いを踏みにじられることになる。
けど、言ったところで逆効果。火に油を注いでしまう。だから、一刻も早くこの蛮行を終わらせる。――終わらせるんだ。
「っ! ナオ!! 止めろ!!! ~~っ、ナオ!!!」
奏人の膝を跨いで、穴に指を入れる。あっさり挿った。抱かれることを覚えてしまったんだ。僕はもう文字通りの玩具だ。欠陥品ではあるけれど。
「あっ……」
中に挿れた指が濡れていく。谷原さんの精液と唾液で。
「どうしました? もう十分に解 れているでしょう?」
「まっ、待ってください。一度全部出してから――」
「……はっ?」
奏人の瞳が一層黒く、深いものになる。底なしに。恐怖すら抱くほどに――。
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