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29.甘辛い幻想(★)

「…………出したのかよ」 「ええ。奥に、た~っぷりとね」 「~~っ!!!」  奏人が牙を()く。言葉は出てこない。言語化する余裕すらない。怒りに支配されている。そんな印象を受けた。 「つまりは、アナタと私は――」 「ぶっ殺す!!!!」  激情。文字通り凄まじい力を生む感情。僕の中にもある。でも、それは『恋慕』じゃない。奏人の愛を否定する類のものだ。このままじゃ遣えない。だから、形を変える。限りなく近付けた上で糧にする。奏人にかかる負荷を軽減させ、ひいては谷原さんから遠ざける。それが当面の間の目標。果たすべき役割だ。 「このクズ野郎がッ!!!!!」 「おぉ~! 怖い怖い」  谷原さんは言いながら、奏人の両手首を押さえ込んだ。 「離せ!!!」 「こりゃダメだ。急ぎましょう、尚人(なおと)君」 「まだ中に――」 「潤滑油になります。気にせず使ってください」  粘着質な笑顔。悪意が滲んでる。愉しんでいるのは明白だった。  「離せ!!! このクソ野郎が!!!!」  奏人は脚をバタつかせる。攻撃対象はベッド。僕には当ててこない。僕は今、両膝で奏人の身体を挟んでいる。ちょうど下腹部の辺りだ。だから、単純に当てにくいというのもあるんだろうと思う。だけど、まったくもって当てられないわけじゃない。状況によってはもっと激しい抵抗に出る可能性もある。それも時間の問題だ。 「……奏人、挿れるね」  奏人のペニスを穴に宛がう。 「っ!!? ナオ! よせ!!!」  悲痛を帯びた声。危険だ。急がないと。 「……ありがとう。変わらず愛してくれて」  形を変えていく。 「は? ~~っ、お前何言って――」 「……繰り返しになっちゃうけど、聞いてほしい」 「あ……?」  夜空みたいに真っ暗な困惑の感情。その奥にはキラリと光る希望がある。 「僕も奏人を愛してる。同じ気持ちだよ」  胸の中に1つの感情が浮かんだ。温かく包み込むような感情が。 「たくさん待たせた上に、たくさん傷つけた。本当にごめんね」  抱いた感情を胸に、祈るような気持ちで奏人を見つめる。 「……っ、ばか……」  引き結ばれた唇。黒目がちな瞳からは怒りが消えた。良かった。胸を撫で下ろす。一方で痛みも感じた。こんなんじゃダメだ。殺すんだ。邪魔な感情はすべて。 「実に感動的ですね。しかし、なぜ今?」 「……奏人と身体を重ねるのはこれが初めてなんです。だから、ちゃんと伝えておきたくて」  小さな嘘の否定。何も思うことはない。とうに見透かされていたのだから。 「なるほど。それは申し訳ないことを致しました」  谷原さんは(あざけ)る。見下ろされた奏人は、再び目を見開いて殺意を露わにした。  やっぱりだ。谷原さんにとってみればどっちでもいい――いや、違う。両方得ようとしているのかもしれない。性奴隷とスクープ。その両方を。 「奏人、僕を見て」 「……っ」  瞳が揺れる。奏人の黒くて硬い瞳が。 「僕だけ、見て」 「ナオ……」  顔を寄せる。そのまま手を伸ばして奏人の頬を撫でた。 「…………………ばか」  奏人はそう呟くなり、そっと目を伏せて唇を差し出した。 「おやおや」  呆れる谷原さんを他所に、僕らは唇を重ねた。ゆっくりと啄むように。強引さは微塵もない。どこかぎこちなくて、初々しい。 「なお……っ……ナオ……っ」  甘えるように吸い付きながら、合間合間に僕の名前を呼ぶ。胸が(うず)く。理由は分からない。 「ハァ……っ、……奏人……」  そっと唇を離す。目を開けると、奏人の目尻から一(しずく)の涙が零れ落ちていた。 「奏人……?」 「……見てんじゃねえよ、ばーか……」  奏人は拗ねたように目を逸らす。 「ふぁ~……そろそろ始めていただけますか?」  谷原さんから欠伸(あくび)混じりの催促を受ける。 「あっ、はい……」  僕は返しつつ奏人のペニスを掴んだ。さっきと変わらず硬いままだ。 「奏人、挿れるよ」 「……ああ」 「んっ! ……ぁっ」 「くっ! ~~あッ」  奏人のペニスを呑み込んでいく。さっきよりもずっとスムーズだ。拡げられた穴。谷原さんの体液が僕らの交わりをリードしていく。皮肉な話だ。 「ふっ、ぁ……あっ…………っ!」  奏人の眉間に皺が寄る。悩ましくも甘やかな吐息、喘ぎ声が口をつく。 「はぁ……あっ……」  奏人の睾丸が尻に触れた。全部挿ったみたいだ。小さく息をつく。 「近親相姦」  (すす)けた声で谷原さんが囁く。得体のしれない何かが僕の背を伝う。酷く冷たい。唇を噛み締めることで感覚を散らした。 「それも、元は同じ人間の。最早芸術の域ですね。実に神秘的です」 「っ! ……っ」  谷原さんの手が僕の腰に伸びる。そのまま尻を撫でて、奏人と僕が繋がり合うところへ。僕の穴の縁と、奏人のペニスを指でなぞっていく。 「動くので、手を離してもらえますか」  半分は逃避から。耐えられなかった。胸の内をなぞられているようで。 「ああ、これは失敬」  谷原さんの手が離れる。ほっと息をついて奏人に向き直る。奏人の表情は沈んでいるようだった。緊張とも取れるし、不満、不快とも取れる。 「動くね」 「……ああ」  奏人が頷いたのを合図に上体を逸らした。左右の手を奏人の太腿(ふともも)の上に置く。ツルツルとした布とハリのある肌の感触がする。見ればずり下ろされたFSの黒いズボンが、奏人の膝に引っかかっていた。黒い下着も一緒だ。脱がせてあげたいけど、生憎と余裕がない。内心で詫びつつ腰を持ち上げる。 「ん゛っ……ぁ……!」 「っく、……ハァ……あっ……!!」  身体と身体がぶつかり合う。中の体液が泡立っていくのが分かった。ノイズだ。心を乱される。出来ることなら耳を塞ぎたい。 「んくっ、んっんっん、……~~ぁっ」 「奏人……か、な……っ、すき……好き、だよ……ぁっ! ンぁ!!」 「~~~~っ」  奏人は唇を引き結んで、顔を傾けた。奏人の薄い頬が黒いシーツの上に乗る。 「奏人」  僕は身体を折って奏人との距離を詰めた。 「こっち向いて」  笑顔を浮かべながら求める。意外にもあっさりと目が合う。ウサギにも似た、丸い先の尖った黒い瞳はとろとろに(とろ)けていた。 「~~っ、見ン、な、んんっ!」  奏人の唇を舐める。ふっくらとした下唇、薄い上唇が濡れていく。 「奏人、口を開けて」 「……っ」  奏人は僕の求めに応じてゆっくりと口を開けた。健気に伸びる桃色の舌に自分の舌を絡ませる。 「かな、……かなと……はぁ……んぁっ、すき……す、き……!」 「~~~~っ!!」  甘い。今朝のものよりも、さっきのものよりもずっと。 「ハァ……んっ……? ……えっ……?」  腰と太腿の辺りに手の感触がした。谷原さん――じゃない。奏人の手だ。 「何……で?」  拘束されているはずなのに。 「……あっ!? ぐ……っ!!!」 「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」  押し倒される。目を開けると天井を背にした奏人がいた。谷原さんは? 目を走らせる。いた。ベッド横の壁にもたれかかっている。奏人の黒い枕に肘を置いて。奏人はもう抵抗しない。そう踏んで拘束を解いたのか。 「好きだ」 「っ!」  熱くて、苦しそうなのに、それを上回るような多幸感で満ち溢れている。眩しかった。これ以上ないぐらいに。 「……………」  反対に僕の心は沈んでいく。僕には出来ない。真似出来ない。誤魔化しが効かない。これは本物だけが持てる輝きだ。 「…………………………」  途方に暮れる。僕はどうしたら。 「あっ……、かっ、奏人……?」  腰が上向いて持ち上がる。くの字に折れた膝。その先にある左右の足は、奏人の尻の辺りで揺れていた。 「あっ……」  Tシャツの(すそ)が下がって、不完全なそれが露わになる。裾を伸ばして隠したい。でも、そんな(いとま)はなかった。奏人のペニスが僕の穴に触れる。 「ン゛! んぁっ、~~っ、ハァ……ぁ゛……」  挿ってくる。今度は奏人自身の手で。 「ナオ、……ハァっ、ナオ……っ!」 「あッ! あ゛! んんっ、んぁんッ! ぁン! んっんんっ、あっあンッ!!」  貫かれては抜けていく。痛い。悩まし気な声を、甘い声を、奏人の声を上げないと。 「っ! ……っ……かっ!? ……」  声が出ない。確かに喉には鈍い痛みが残ってる。けど、発声が出来ないほどの深刻なものじゃない。なのにどうして……? 「ナオ……んっ、くっ、……ぁ、なお……っ、~~~っ!!! くぁっ……!!!!」 「っ! くっ、ぁ……~~んっ」  不意に奏人の身体が跳ねた。お腹の奥に熱を感じる。谷原さんのものと混ざり合っていく。それだけが堪らなく嫌で、許せなかった。 「ナオ……、…………ナオ……っ」  抱き締められる。甘えるように。頬擦りまでして。 「奏人……」  愛おしいと思った。この感情は本物。偽物なんかじゃない。断言出来る。物心ついた頃からずっと胸の中に。奏人に向け続けてきた感情であるから。 「無駄ですよ」  静観していた谷原さんが口を開いた。手にはタバコ。口からは雲みたいな煙を出している。甘(から)い臭い。痛めた喉に()みる。 「何をしようと結果は同じ。アナタ方の愛は決して交わらない」  全身が強張る。僕を抱く奏人の腕も。 「尚人君のその常軌を逸した献身ぶりは、からくるもの。アナタが求める『ナオ』を演じることは出来ても、それを誠にすることは出来ない」 「何を言って――」 「なおも求め続けるというのなら、それはもう愚行と呼ぶ他ありません。例えるならそう……ザーメン塗れの汚らわしい手で、愛情深い無垢なる手と握手するようなものです」 「……っ」 「~~っ、いい加減にしてください!!!」  声を張り上げた。喉に痛みが走る。でもそんなこと、どうでも良かった。両腕を伸ばして奏人を抱き締める。腕の中の奏人は震えていた。一層強く抱き締めて、谷原さんに目を向ける――。

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