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30.愛してる。だからこそ(★)

「ふふふっ、奏人(かなと)君。アナタは本当に素敵なをお持ちだ」  挑発だ。理解しておきながら僕は乗る。 「何度も言わせないでください。僕らは双子。兄も弟もありませんよ」 「とのことですが……奏人君、今のお気持ちは?」 「…………」 「ご満悦、なのでしょうね。に無上の喜びを感じられるような方ですから」 「っ………」 「~~っ、何なんですか。奏人のこと、ろくに知りもしないくせに」 「とんでもない。私は十二分に理解しているつもりですよ。奏人君のことも、アナタのことも全部」  はったり……なのか。それにしては揺らぎがない。自信に満ち満ちている。そんな印象だ。 「……どうして?」 「それは企業秘密です」  取材力の賜物ということか。だとしても内面を知られ過ぎているような気がする。まさかプロファイリングの心得でもあるのか。 「ナオ、もういい」  小さな声だった。(はかな)く、(もろ)く、揺れていて。 「~~っ、奏人」  僕は堪らず抱き締めた。 「惑わされないで。僕を信じて」 「ナオ………」  じゅっと何かが焼けるような音がした。見れば谷原さんが、吸い終えたタバコを壁に押し付けていた。白い壁に真っ黒な焦げ跡がつく。 「っ! 谷原さん――」 「ありがとな」  不穏だ。言葉と態度が一致していない。今の奏人は酷く自虐的で、危うくて。 「んっ……」  奏人のペニスが抜けていく。それを阻むように内側が収縮した。浅ましい身体だ。同時に何かが零れ落ちた。たぶん子種だろう。 「……っ」  今更ながらに実感する。僕は奏人に抱かれたのだと。湧き上がる感情。その感情に名前が付く前に打ち消した。今はもう影も形もない。 「……おっさん」 「はい?」 「褒美をやるよ」 「これはこれは」 「何を、言って……」  意図が分からない。だけど、とてつもなく嫌な予感がした。 「据え膳食わぬは男の恥ですね」 「なっ……!」  谷原さんの血色の悪い手が奏人の腰を撫でる。 「だっ、ダメ! ぐっ!?」  頭を抱き込まれた。体重も依然かけられたままだ。自由に動くのは手だけ。奏人の背中の布を引っ張ってもまるでビクともしなかった。 「谷原さん! お願いです! 奏人だけは――」 「兄ちゃん」 「へっ……?」  頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。その呼び名は奏人の理想を否定する。それを今、なぜ口にするのか。 「なってやるよ、弟に。けど、。これまで通り。変わらずだ」 「なら、弟になる必要なんて――」 「ある。これはケジメだ」 「流石です」  谷原さんは賞賛もそこそこに、奏人の両脚からズボンと下着を引き抜いた。 「止めてください! 止め――っ!?」 「ぐぁ!!??」  谷原さんは早々に挿入をし出した。まるで解してない。僕が知る限り濡らしてすらいないのに。 「何……で……?」  僕の時でもここまで酷くはなかった。 「んぐ……っ……っ! がぁっ!? っ!!」 「奏人っ!!!」  奏人の身体が軋んでいくのが分かる。生々しく残虐な音。全身から汗が噴き出して、僕の体に伝っていく。 「きっち~な……」 「んぅ! ん゛ぁっ、ガッ、アァッ!!」  奏人の額が僕の肩に沈む。にもかかわらず、拘束はまるで緩まない。 「~~っ奏人、お願い、離して!!!」 「~~っるせ。お前は黙って守られて、あ゛っ!? あっ……! んんッ、あンっ、あぁ゛!!!」  奏人の身体が上下に揺れ出す。(けが)されていく。谷原さんの手で。 「止めろ!!! 奏人から離れろ!!!!!」  身体を揺すってみても、てんで意味をなさない。思えば脚がやたらと重い。首を拘束されているせいであまりよく見えないけど、おそらくこれは谷原さんの脚。大部分が奏人の上に乗っていて、その一部が僕の脚に触れている。 「~~っく、どい、て……っ」  実質2人分の体重が乗っている状態だ。並の抵抗では突破出来そうにない。何か、何か手はないか。 「あぅ!!?? やっ、~~っ、あッ! ぁっ~~っ、ンんッ!!!」 「奏人……?」 「あン! あんっ、あっ、あっあっあっ…!!!!」  (えん)な声。どうして? こんなにも嫌がっているのに。 「ハァ、ハァ……っふ、……はぁ……涙ぐましい努力、ですね」 「っ、るせ」 「これならきっと尚人君も満足されたことでしょう」 「~~っ、黙れ!!! あぁ!?」 「残念でしたね」 「~~っく! ふぁ!? アッ! ぁンあ゛ッ!! ……っ、……~~~っ、ああぁああ!!!」 「っ……」  下腹部が熱い。いや、冷たい。濡れてる。奏人が達したんだ。 「ハァ……ハァ……っ、……」  荒い息。表情は見えないながら、屈辱に震えているであろうことは容易に想像がついた。 「~~くそっ、くそっ……」  僕は助けられなかった。ただ指を咥えて見ていることしか出来なかった。不甲斐なさでどうにかなってしまいそうだ。 「はぁ~、これはこれは……絶景ですね」  谷原さんが奏人と僕の顔を覗き込む。粘着いた笑顔。底の見えない暗い瞳。認めた瞬間――激情が爆ぜた。 「おっ!?」 「っ!!? てめぇ!!!」  上下が入れ替わった。僕は上から奏人を抱き締める。 「おい!! 退け――」 「奏人の分は僕が背負います」 「ざけっ!!!!」 「どんな要求にも応えてみせます。だから、もう奏人には――」 「やめろっつってんだろ!!!!!!!」 「ぐっ……!」  暴れる奏人。体重と腕を駆使して押さえ込みにかかる。腰が悲鳴を上げた。ノイズだ。黙れ。黙れ。黙れ。 「どんな要求にも、ですか。これは大きく出ましたね。ふふふっ、とくと堪能させていただくこととしましょう」 「止めろ!!!」 「はははっ、安心なさい。流石の私ももう切れです。なので……」  谷原さんは脱ぎ捨てた上着から、メモ帳とペンを取り出した。思案することなく、手慣れた調子でさらさらと何かを書き込んでいく。 「お手数ですが、明日はこちらにいらしてください」  乱暴に千切られた白いメモには、住所が書かれていた。東京都調布(ちょうふ)市。遠征でもプライベートでも足を運んだことのない地域だった。末尾に801とあることから、十中八九これは谷原さんの自宅住所だ。 「何時でも結構です。でもまぁ、人目を避けるなら始発がいいでしょうね」 「分かりました」 「あぁ、そうそう。アナタの覚悟に免じて、奏人君にはもう手は出しません。が、きちんと同行させてくださいね」  同行を求める以上、信用ならない。でも、今の僕には策がある。この手を使えば、奏人は間違いなく傍観者になる。いや、ならざるを得ないはずだ。僕が躊躇さえしなければ――きっと。 「まぁ、先程のように誘惑されたら……その時は分かりませんがね」 「はっ、上等」 「させません」 「は?」 「はっはっは! 健闘を祈りますよ」  谷原さんは話しを終えると、手早く、大雑把に身支度を始めた。 「おや……?」  ポケットを叩き出した。何か落としたのか。 「まぁ良いでしょう。ですが、それは無意味とだけ言っておきましょうか。控えはもう取ってあるんでね」  谷原さんは言いながらスマホを操作した。 『君達の秘密を知る人間は全部で3人』 「なっ……!」 「スカイの個人用アカウントにアップ済みです。このスマホを壊したところで無駄。PWだって教えません。こればっかりは色仕掛けも無効ですよ」  奏人が大きく舌打ちをする。文脈から察するに、奏人は谷原さんからレコーダーを奪い取ったんだろう。一体いつ抜き取ったのか、見当もつかない。 「、その時はアナタ方の前で削除して御覧に入れます」 「どうだかな」 「ふふっ、それではまた」  谷原さんは勝ち誇ったように嗤いながら去って行った。後には僕と奏人だけが残る。 「……退けよ」 「ごめん」  慌てて奏人から離れる。奏人はうんざりとした調子で起き上がると、首と肩を大きく回し始めた。 「シャワー、使って。僕はここを片付けておくから」 「気が利くじゃん」 「僕のせいだから」 「……そうだな」  奏人は歩き出した。僕もベッドから降りて布団カバーに手を伸ばす。 「明日、お前は何もすんな。いいな?」 「それはムリだよ」 「……」 「っ、それ止めてよ。これまで通りナオって――」 「さっきも言っただろ。これはケジメだ」  突き放すような物言いから確固たる意思を感じた。一方で、自棄とも取れるような気がした。首を縦に振るのには時期尚早であるように思う。 「一旦保留にして、谷原さんとのことが片付いたらちゃんと話をしようよ」 「時間の無駄だ」 「…………」  今粘ったところで結果は同じだ。折を見て相談を持ち掛けることにする。 「っ! それが……」  奏人の身体の下から小型の黒いレコーダーが出てきた。ぱっと見5センチもない。所々塗装が剥がれていて、年季を感じさせた。 『君達の秘密を知る人間は全部で3人』  案の定、例の録音データが流れた。 「どうやって……?」 「俺がヤられた後、ヤローが顔を覗き込んできただろ? そん時に抜いた」 「あの一瞬で……」  つくづく敵わないなと思う。 「さっきも言ったけど、留持(るもち)さんは悪くないからね」 「……………」 「悪いのは僕だよ。僕がもっと警戒してたらこんなことには――奏人っ!」 「風呂」  奏人は行き先と目的を告げると、スタスタと部屋を出て行ってしまった。レコーダーも手にしたままだ。僕が留持さんを庇うために非常識な行動に出ると、そう踏んだのかもしれない。  信用ゼロだ。秘密を共有し合っていた過去はもう遥か遠い。 「だけど、これでいい。これでいいんだ」  僕は明日、奏人を裏切る。真っ直ぐで、気高いその気持ちを踏みにじるのだから――。

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