30 / 37
30.愛してる。だからこそ(★)
「ふふふっ、奏人 君。アナタは本当に素敵なお兄様をお持ちだ」
挑発だ。理解しておきながら僕は乗る。
「何度も言わせないでください。僕らは双子。兄も弟もありませんよ」
「とのことですが……奏人君、今のお気持ちは?」
「…………」
「ご満悦、なのでしょうね。選ばせ、捨てさせることに無上の喜びを感じられるような方ですから」
「っ………」
「~~っ、何なんですか。奏人のこと、ろくに知りもしないくせに」
「とんでもない。私は十二分に理解しているつもりですよ。奏人君のことも、アナタのことも全部」
はったり……なのか。それにしては揺らぎがない。自信に満ち満ちている。そんな印象だ。
「……どうして?」
「それは企業秘密です」
取材力の賜物ということか。だとしても内面を知られ過ぎているような気がする。まさかプロファイリングの心得でもあるのか。
「ナオ、もういい」
小さな声だった。儚 く、脆 く、揺れていて。
「~~っ、奏人」
僕は堪らず抱き締めた。
「惑わされないで。僕を信じて」
「ナオ………」
じゅっと何かが焼けるような音がした。見れば谷原さんが、吸い終えたタバコを壁に押し付けていた。白い壁に真っ黒な焦げ跡がつく。
「っ! 谷原さん――」
「ありがとな」
不穏だ。言葉と態度が一致していない。今の奏人は酷く自虐的で、危うくて。
「んっ……」
奏人のペニスが抜けていく。それを阻むように内側が収縮した。浅ましい身体だ。同時に何かが零れ落ちた。たぶん子種だろう。
「……っ」
今更ながらに実感する。僕は奏人に抱かれたのだと。湧き上がる感情。その感情に名前が付く前に打ち消した。今はもう影も形もない。
「……おっさん」
「はい?」
「アンタにも褒美をやるよ」
「これはこれは」
「何を、言って……」
意図が分からない。だけど、とてつもなく嫌な予感がした。
「据え膳食わぬは男の恥ですね」
「なっ……!」
谷原さんの血色の悪い手が奏人の腰を撫でる。
「だっ、ダメ! ぐっ!?」
頭を抱き込まれた。体重も依然かけられたままだ。自由に動くのは手だけ。奏人の背中の布を引っ張ってもまるでビクともしなかった。
「谷原さん! お願いです! 奏人だけは――」
「兄ちゃん」
「へっ……?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。その呼び名は奏人の理想を否定する。それを今、なぜ口にするのか。
「なってやるよ、弟に。けど、守るのは俺。守られるのはお前。これまで通り。変わらずだ」
「なら、弟になる必要なんて――」
「ある。これはケジメだ」
「流石です」
谷原さんは賞賛もそこそこに、奏人の両脚からズボンと下着を引き抜いた。
「止めてください! 止め――っ!?」
「ぐぁ!!??」
谷原さんは早々に挿入をし出した。まるで解してない。僕が知る限り濡らしてすらいないのに。
「何……で……?」
僕の時でもここまで酷くはなかった。
「んぐ……っ……っ! がぁっ!? っ!!」
「奏人っ!!!」
奏人の身体が軋んでいくのが分かる。生々しく残虐な音。全身から汗が噴き出して、僕の体に伝っていく。
「きっち~な……」
「んぅ! ん゛ぁっ、ガッ、アァッ!!」
奏人の額が僕の肩に沈む。にもかかわらず、拘束はまるで緩まない。
「~~っ奏人、お願い、離して!!!」
「~~っるせ。お前は黙って守られて、あ゛っ!? あっ……! んんッ、あンっ、あぁ゛!!!」
奏人の身体が上下に揺れ出す。穢 されていく。谷原さんの手で。
「止めろ!!! 奏人から離れろ!!!!!」
身体を揺すってみても、てんで意味をなさない。思えば脚がやたらと重い。首を拘束されているせいであまりよく見えないけど、おそらくこれは谷原さんの脚。大部分が奏人の上に乗っていて、その一部が僕の脚に触れている。
「~~っく、どい、て……っ」
実質2人分の体重が乗っている状態だ。並の抵抗では突破出来そうにない。何か、何か手はないか。
「あぅ!!?? やっ、~~っ、あッ! ぁっ~~っ、ンんッ!!!」
「奏人……?」
「あン! あんっ、あっ、あっあっあっ…!!!!」
艶 な声。どうして? こんなにも嫌がっているのに。
「ハァ、ハァ……っふ、……はぁ……涙ぐましい努力、ですね」
「っ、るせ」
「これならきっと尚人君も満足されたことでしょう」
「~~っ、黙れ!!! あぁ!?」
「残念でしたね」
「~~っく! ふぁ!? アッ! ぁンあ゛ッ!! ……っ、……~~~っ、ああぁああ!!!」
「っ……」
下腹部が熱い。いや、冷たい。濡れてる。奏人が達したんだ。
「ハァ……ハァ……っ、……」
荒い息。表情は見えないながら、屈辱に震えているであろうことは容易に想像がついた。
「~~くそっ、くそっ……」
僕は助けられなかった。ただ指を咥えて見ていることしか出来なかった。不甲斐なさでどうにかなってしまいそうだ。
「はぁ~、これはこれは……絶景ですね」
谷原さんが奏人と僕の顔を覗き込む。粘着いた笑顔。底の見えない暗い瞳。認めた瞬間――激情が爆ぜた。
「おっ!?」
「っ!!? てめぇ!!!」
上下が入れ替わった。僕は上から奏人を抱き締める。
「おい!! 退け――」
「奏人の分は僕が背負います」
「ざけっ!!!!」
「どんな要求にも応えてみせます。だから、もう奏人には――」
「やめろっつってんだろ!!!!!!!」
「ぐっ……!」
暴れる奏人。体重と腕を駆使して押さえ込みにかかる。腰が悲鳴を上げた。ノイズだ。黙れ。黙れ。黙れ。
「どんな要求にも、ですか。これは大きく出ましたね。ふふふっ、とくと堪能させていただくこととしましょう」
「止めろ!!!」
「はははっ、安心なさい。流石の私ももう種切れです。なので……」
谷原さんは脱ぎ捨てた上着から、メモ帳とペンを取り出した。思案することなく、手慣れた調子でさらさらと何かを書き込んでいく。
「お手数ですが、明日はこちらにいらしてください」
乱暴に千切られた白いメモには、住所が書かれていた。東京都調布 市。遠征でもプライベートでも足を運んだことのない地域だった。末尾に801とあることから、十中八九これは谷原さんの自宅住所だ。
「何時でも結構です。でもまぁ、人目を避けるなら始発がいいでしょうね」
「分かりました」
「あぁ、そうそう。アナタの覚悟に免じて、奏人君にはもう手は出しません。が、きちんと同行させてくださいね」
同行を求める以上、信用ならない。でも、今の僕には策がある。この手を使えば、奏人は間違いなく傍観者になる。いや、ならざるを得ないはずだ。僕が躊躇さえしなければ――きっと。
「まぁ、先程のように誘惑されたら……その時は分かりませんがね」
「はっ、上等」
「させません」
「は?」
「はっはっは! 健闘を祈りますよ」
谷原さんは話しを終えると、手早く、大雑把に身支度を始めた。
「おや……?」
ポケットを叩き出した。何か落としたのか。
「まぁ良いでしょう。ですが、それは無意味とだけ言っておきましょうか。控えはもう取ってあるんでね」
谷原さんは言いながらスマホを操作した。
『君達の秘密を知る人間は全部で3人』
「なっ……!」
「スカイの個人用アカウントにアップ済みです。このスマホを壊したところで無駄。PWだって教えません。こればっかりは色仕掛けも無効ですよ」
奏人が大きく舌打ちをする。文脈から察するに、奏人は谷原さんからレコーダーを奪い取ったんだろう。一体いつ抜き取ったのか、見当もつかない。
「すべてが片付いたら、その時はアナタ方の前で削除して御覧に入れます」
「どうだかな」
「ふふっ、それではまた」
谷原さんは勝ち誇ったように嗤いながら去って行った。後には僕と奏人だけが残る。
「……退けよ」
「ごめん」
慌てて奏人から離れる。奏人はうんざりとした調子で起き上がると、首と肩を大きく回し始めた。
「シャワー、使って。僕はここを片付けておくから」
「気が利くじゃん」
「僕のせいだから」
「……そうだな」
奏人は歩き出した。僕もベッドから降りて布団カバーに手を伸ばす。
「明日、お前は何もすんな。いいな?」
「それはムリだよ」
「……兄ちゃん」
「っ、それ止めてよ。これまで通りナオって――」
「さっきも言っただろ。これはケジメだ」
突き放すような物言いから確固たる意思を感じた。一方で、自棄とも取れるような気がした。首を縦に振るのには時期尚早であるように思う。
「一旦保留にして、谷原さんとのことが片付いたらちゃんと話をしようよ」
「時間の無駄だ」
「…………」
今粘ったところで結果は同じだ。折を見て相談を持ち掛けることにする。
「っ! それが……」
奏人の身体の下から小型の黒いレコーダーが出てきた。ぱっと見5センチもない。所々塗装が剥がれていて、年季を感じさせた。
『君達の秘密を知る人間は全部で3人』
案の定、例の録音データが流れた。
「どうやって……?」
「俺がヤられた後、ヤローが顔を覗き込んできただろ? そん時に抜いた」
「あの一瞬で……」
つくづく敵わないなと思う。
「さっきも言ったけど、留持 さんは悪くないからね」
「……………」
「悪いのは僕だよ。僕がもっと警戒してたらこんなことには――奏人っ!」
「風呂」
奏人は行き先と目的を告げると、スタスタと部屋を出て行ってしまった。レコーダーも手にしたままだ。僕が留持さんを庇うために非常識な行動に出ると、そう踏んだのかもしれない。
信用ゼロだ。秘密を共有し合っていた過去はもう遥か遠い。
「だけど、これでいい。これでいいんだ」
僕は明日、奏人を裏切る。真っ直ぐで、気高いその気持ちを踏みにじるのだから――。
ともだちにシェアしよう!