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第3話 え……ネコ?

「俺はノブ。あなたは?」 「……榊だ」  ってそれ本名じゃん。みんなここでは大抵偽名か下の名前を使うのに。 「下の名前は?」 「……壱成(いっせい)だ」  それも本名じゃんっ。榊さん大丈夫か?   「壱成さんか。壱成さんはこういうところは初めて?」 「あー……いや。いままでは別のところに行っていた」 「ああ。もしかして、そっちでなんかあった?」 「…………」 「あ、答えなくていい。無神経だった、ごめん」 「……いや。別になにもない。ただ……あっちの常連には、もう俺は需要がないとわかったから店を変えたんだ」    需要がない?  榊さんなら喜んで相手になりたいネコがいっぱいいるだろうに。  背もスラッと高くてこんなに男前だし……冷たそうに見えるのがダメなのか?  ちらっと智を見ると、すでに榊さんが気になってる様子。ほらやっぱり。相手に困らないじゃん。  不思議に思って首をかしげると、それを見た榊さんがかすかに苦笑した。 「やっぱりな」 「え?」 「君はタチだろう? それなのに俺に話しかけてきたからもしかしてと思ったんだが……」 「……え?」 「俺はタチじゃないんだ。だから需要がない」  タチじゃない……。タチじゃない……?  ドクンと心臓が鳴った。   「ネコ……?」  信じられない思いでつぶやいた俺に、榊さんはまた静かに苦笑を漏らす。 「どこに行っても需要がないのは同じだろうけどな。でもネコだと周知されて相手にもされない場にいるのは、さすがにしんどいんだ。今日は周りを気にせずゆっくり酒が飲みたい」  榊さんがネコだと知って、全身がゾクッとした。  ずっと榊さんが理想だった。ずっと魅力的だと思ってた。  ノンケ相手に不毛な恋はしない。そう思って初めからそういう目で見ないようにしていた。  その榊さんが俺と仲間で、まさかネコだなんて。  ウソだろウソだろ……っ。  心臓が急激に暴れだした。身体が燃えるように熱い。  でも一瞬で夢から覚めるように心臓が冷えた。  榊さんが“京”を相手にするわけねぇじゃん……。    そんなリスクしかない俺に手を出すわけがない。  マネージャーと芸能人の俺なんて、どうにかなれるわけないだろ……。 「君、京に似てるって言われないか?」  ギクリとして身体が凍りついた。  いままでノブの姿でそう指摘されたことは無い。だから油断していた。  榊さんには通用しない……? 「京? 誰それ」  俺は必死に涼しい顔で知らない振りをする。 「PROUDの京だよ。知らないか?」 「PROUD……ああ、聞いたことあるよ。え、似てる? 言われたことないけど」  ノブでは言われたことがないからウソじゃない。 「似てるよ。声が似てるなと思ったけど、目も……いや口か……? いや……全体に……」 「なに、壱成さんファンなの?」  あまりジッと見られるのが怖くて誤魔化すつもりでそう切り替えすと、榊さんの口元にふと笑みが浮かんだ。 「ああ、ファンだよ。すごくね」  ぶわっと全身に鳥肌がたち、胸がバクバクと動悸を打った。  わかってる。俺だけじゃないってことくらいわかってる。榊さんはメンバーの誰の名前が出てもこう答えただろう。  それでも心の震えが止められなかった。 「壱成」 「え?」  突然の呼び捨てに、榊さんが驚きの色を示す。 「本当にゆっくりお酒が飲みたい?」 「どういう意味だ?」 「今夜、俺の相手になってほしいな」 「は……」  榊さんの耳元に唇を寄せた。 「ホテル、行こうよ」  身バレのリスクなんか関係ない。そのときはそのときだ。  ずっと理想だった榊さんがネコなんだ。誘わないでどうする。誰かに取られたらどうする。  お願いだ榊さん。断らないで。うんって言ってくれ。 「……あー……すまない。べつに同情心を煽りたかったわけじゃないんだ。さっきの話は気にしないでくれ。相手にされないのはもう慣れてるから」  どうしてそんな傷ついた顔をするんだよ。  誰が同情だなんて言ったんだ。  俺は榊さんの手をつかむと「おい……っ」と驚くのを無視して、その手を俺の胸に押し当てた。 「すごいドキドキしてるの、わかる?」 「…………っ」 「俺の、どストライクなんだ。壱成」 「まさか。ウソだろう……?」 「心臓がすごいの、伝わるでしょ?」  半信半疑の表情で見つめる榊さんの瞳が揺れた。   胸に押し付けていた手のひらを優しく包んで手をつなぎ、また耳元でささやいた。 「ね? 行こうよ、壱成」    

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