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第8話 身代わりでもいい ♢壱成♢ ※
ノブは本当におかしなやつだ。
こんな俺をどストライクだと言う。趣味が悪すぎる。
俺は何度も焦らされグズグズにされて、初めて心から入れてほしい、そう思った。
いつもはそんなことを思う前に入れられる。痛みを伴うときもあった。
それでもネコでいたい俺は我慢した。たとえ同情でも、バーで顔を合わせれば抱いてくれる人がいるのはありがたかった。
ところが、二ヶ月ほど前バーに行き、ドアを開けた瞬間耳にしてしまった。
会えばいつも優しく誘ってくるヤツが「性処理がしたいだけなら壱成はいいぞ。面倒なことはなにもしなくていいからな。まあ、あいつで勃つならだけど」と笑っていた。
俺は初見では絶対にネコに見られない。見られないどころかネコだというとみんな離れていく。可愛げもないし、顔が怖いせいだろうと諦めていた。
それでも抱いてくれる人が現れて、たとえそれが同情でも嬉しかった。嬉しかったが、性処理は無い。
あのバーにはもう二度と行かないと決めた。
店を変えて出会ったノブは、京に似ていて正直戸惑った。声が似ている。顔の雰囲気もいろいろと似ている。
兄弟かと思ったが、京のお兄さんも同じ髪色と目をしていたなと思い出した。
ノブは髪も目も黒く、なにより京よりも落ち着いた物腰で歳も上だろうと思う。俺とは五つ違いくらいだろうか。
京とは違う部分を確認し、俺は安堵した。
俺は親にもカミングアウトはしていない。秋人は例外として、もう誰にもゲイだとは知られたくない。
そんな京に似ているノブが俺を誘ってきた。
どストライクという言葉はとても信じられなかったが、そんな誘われ方はきっと後にも先にもないだろうと思うと断れなかった。……いや、嬉しくて舞い上がった。
優しくされて、俺はいま勘違いしないように必死だった。
免疫がなさすぎて、優しくされるともうだめだ。
ノブにふれられるだけで胸が苦しい。
キスがしたくてたまらない。
ノブがほしくてたまらない。
出会ったばかりなのに、俺は一瞬で落とされた。
でもこの想いはノブにはきっと迷惑だ。
だからもうこれ以上優しくしないでくれ。
そう思うのに、でも優しくされると嬉しくて、どうにも舞い上がってしまう自分がいた。
初めて心からほしいと思ったノブは、俺の中に優しくゆっくりと入ってきて、抱かれる幸福感を初めて味わった。入れられた瞬間から気持ちがいいのも初めてだった。
ノブは奥まで入ったあとも動かずに、ぎゅっと俺を抱きしめている。「俺が大丈夫じゃない」と言う。タチ側が大丈夫じゃないとはなんだろうか。
思えばノブはずっと様子がおかしい。俺への扱いもおかしいが、俺を見つめる瞳 が最初から親しげだ。
初めて会うのに、まるでよく知っている人を見つめる瞳。
もしかして俺は誰かに似ているのだろうか。
その誰かがノブの想い人ではないか、と思い至った。
だから俺に声をかけてきたのか。だからこんなに優しいんだな、と腑に落ちた。
よかった。これ以上勘違いをする前に気づいてよかった。
ノブの頭をそっと撫でる。
俺に似た相手は元彼だろうか。それとも振られた相手か。
そうだとわかればもう大丈夫だ。俺の気持はきっともう手遅れだが、ノブも俺と同じだとはもう勘違いしないでいられる。
俺は身代わりでもいい。それでもいいからノブに優しく抱かれたい。
「ノブ、大丈夫か?」
「……ん、ごめん。ちょっといま顔見せられない」
ノブが泣いていることには気づいていた。
ずずっと鼻を鳴らすノブの顔が見たくて、俺はキスをねだるように頬にすり寄った。
うなじを撫で、頬に何度もキスをする。
「……ちょっと、壱成、あんまり可愛いことしないで」
「ノブ、顔が見たい」
「いま、無理……」
「いいから、見せてくれ」
ノブの両頬を包んで顔を上げさせた。
目を濡らして真っ赤にしたノブが、俺を愛しそうに見つめる。
やっぱりだ。初めて会った俺を見る瞳ではない。ノブは俺を通して別の誰かを見ている。間違いない。
これでもう本当に大丈夫だ。
俺はもう勘違いはしない。
俺は身代わりでいい。
「ノブ……キスをしてもいいか?」
ノブが俺ではない誰かを見ているなら、ちゃんと許可をもらわないと。そう思った。
「どうして聞くの? 俺、キスしたいって言ったでしょ?」
「……そうだったな」
じゃあもう遠慮はしない。うなじを引き寄せてノブの唇をふさいだ。
ノブのキスはあたたかい。ゆっくりと俺を溶かすような優しい口付け。
初めてのキスがノブでよかった。
舌を絡ませ深いキスを交わしながら、ノブの腰がゆっくりと動き出す。
「ん……っ、ふ……っ……」
その動きはとても優しくて、ノブの愛情が全身に伝わってくる。
唇を離し、ノブを見つめた。
愛しい人を見つめる瞳にゾクゾクする。
俺を見ているわけではない。わかっていても、その瞳に見つめられていたい。
「壱成……っ」
「あ、あ……っ、は……っ……」
切なげな声で俺の名を呼び、ゆっくりと俺の中を出入りする。
本当に呼びたい名ではないだろうに。ノブの気持ちを思うと胸が痛くなる。
それでも俺は、俺じゃない誰かに感謝した。
ノブと出会わせてくれて、ありがとう、と。
「あ、あ、んっ、ノブ……っ……」
「壱成……壱成……っ」
「んぅ……っ、ん……っ……」
奥を突かれながらキスをされた。
キスがしたいから仰向きでとノブに言われたが、その行為がこんなに幸せなものだとは想像もしていなかった。
繋がりながらキスをするだけで身体中が満たされる。たとえ身代わりでも、愛されていると感じることができる。
もっと、もっとキスがほしい。俺はノブの首に腕を回し、それを伝えた。
ノブはそれに答えるようにさらに深いキスをくれる。
信じられないほど気持ちがいい。抱かれるというのは、こんなに身体中が感じる行為だったのか。
「んぅ……っ、ん……っ、あっ、ノブっ、も……っ、イク……ッ」
「可愛い、壱成。いいよ、イッて」
「んっ、あっ、あぁ……っ!」
ノブにしがみついて俺は果てた。
もう俺だけ覚えていてとノブは言ったが、いままでの男との行為も絶対に忘れたくないと思った。その記憶のおかげで、ノブに抱かれるのがこんなにも幸せだと実感できるからだ。
俺の中のノブはまだ大きいままで、まだ終わりじゃないということが嬉しかった。そんなことを思ったのも初めてだ。
「ノブ……もっとほしい。もっと奥に……来てくれ」
「……壱成、抑えがきかなくなるから、そういうこと言わないで」
「抑える必要なんてない。もっと……激しく……」
「……俺は壱成を優しく抱きたいんだよ」
両手で優しく俺の頭を撫で、頬にキスを落とす。ノブの手も唇も優しさでできているのかと思うくらいあたたかくて幸せだ。
「大丈夫だ。どんなに激しくても……きっとノブなら最高に優しい……だろ」
「…………っ、壱成」
俺を見つめるノブの瞳に、胸が熱くなるのを抑えることができない。
いまだけは、抱かれている間だけは、勘違いをしたままでもいいだろうか。
ノブに抱かれる幸せを素直に感じていたいんだ。
「ほしいんだ……ノブが。もっと……激しく抱かれたい」
「……っ、後悔しても、しらないよ?」
「後悔なんて、するわけないだろ」
「……はぁ。もうほんと、参る。壱成……っ」
ノブのものがズンッと奥深くに突き上げられた。
「はああっっ……!」
「キツくない? 平……気っ?」
「ぁあっ、ンッ、もっと……っ、もっと、ノブ……っ……」
意識していないと、好きだと口から出てしまいそうだ。
言ってはだめだ。引かれてしまう。出会ったばかりでそんなことを言われたら怖いだろ。
「壱成っ、気持ちい……っ、うぁ……」
激しくてもノブはノブだった。どこまでも優しく俺を包んでくれた。
幸せすぎて涙が出そうだ。
身代わりでもこんなに全身で愛してもらえるなら、俺はずっとこのまま身代わりでいたい。
ノブとは、今日だけでは終わりたくない。
ノブはどう思っているだろう。
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